water
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aaaaa |
青空なのに、どこか夕暮れのような色の空に感じて…。こんな日には抜けるほど綺麗な青空か、それが無理ならいっそどしゃ降りだったらいいのに。 乗客がまばらにしかいない列車内。牧は向かいに座って目を閉じている仙道と、流れていく空を交互に見ながら思った。 不調が珍しく長く続いていた仙道の動きは練習試合のビデオからも感じ取れ、見ている自分までどこかが痛み出すような気さえした。幸い他のメンバーに助けられてチームは勝ち進んではいた。だが、仙道が本調子であればあれほど競ったゲームとはなっていないだろう。 不調の理由…。スランプとでも言った方がいいのか。そんなものは何時だって意識しないうちに降りてきてしまう。小さな波であればがむしゃらにあがいていればそのうち、かかったときと同じような唐突さで脱している。きっとそれは誰だってそんなもんだろう。 しかし…こう長くなっていては。しかもそろそろシーズンが始まる。俺が言うまでもなく、仙道はかなり焦っているのだろう。口には出さないが。けれど現役から退いて久しい俺には、かけるべき言葉というものは探せなかった。 ピクリと仙道の目蓋が動いた。窓から差し込む黄色味がかった日差しが、眉を少し寄せたその面差しを淋しいものに見せた。 「…あ…、俺、寝てたみたい。どんくらい寝てました?」 小さな伸びをして目元をこすると、いつもの仙道に戻った感じがした。 「20分くらい…かな。次で降りるか?それとももっと行ってみるか?」 流れる景色の中で地名が記載されている看板でも見たのか、仙道はちょっと考えてから言った。 「次で降りますか。その次に行ったらもっと小さい町になっちまうから。宿も探せねぇかもしんないし」 降り立った小さな駅。改札も一つしかないそこは、待合場所にもまばらにしか人はいなかった。とりあえず構内にある地図をもらう。二人でしばらく黙ってその地図と町案内のチラシを見て、顔をあげた。 「何にもないな」 「そっすね」 「………どうする?」 「…郷土資料館とやらでも見ますか?こっから徒歩10分だって」 「今夜はここに泊まるのか?」 「うん。 それとも、また列車に乗ってみる?5つくらい行ったらここよか大きいトコあったかも」 そう言いながらも仙道は腰を上げようとはしなかった。 「…俺はどこでもいいよ。泊まるなら、先に宿だけ手配してからにしよう…」 仙道は目をつぶって、くるくると指で円を描いてから、地図の上に指を置いた。それで今夜の宿が決まった。 牧は大体何事も用意周到に切符も宿も手配してから旅をするので、こうして仙道のデタラメな行き当たりばったりの旅に初めて連れまわされた時はかなり驚いたものだった。今となってはそれもまた気楽でいいものだと達観できるようになったが。 それにしても、と思う。わざわざ自分が不調な時に。久々に二人の連休が重なったというのに、こんな寂れたところで降りなくてもいいのではないだろうか。 そっと横顔を見やったが、試合のコート上の仙道のように、そのなにげない表情の下に、とても辛いものを上手く隠してしまっているようで…。牧は淋しくて視線を戻した。 「いやぁ、見事につまんないっすね。しかもここ、無人みたいだよー」 三階建てという、町にそぐわない立派な外観の資料館は一階が町の歴史と資料、二階がそこから出た作家の歴史。目を軽く通してはみたが、有名とはお世辞にも言えない三名ほどの作家の色あせた本や原稿などがガラスケースに並んでいた。 町を一望できるのが売りならしい三階。吹き抜けの階段から一階を見下ろして、二人は黙ってガラス張りの壁から覗く空を見ていた。 「…これだけ広い館内なのに人に会わないのは、平日だからか?」 「や、関係ないっしょ。きっといつもこんなんじゃないの?だってつまんないもん」 「そう大きい声でつまんないと繰り返すな。ただでさえ静かで響いてるんだぞ」 「ねぇ、あの部屋って何かな?」 しれっとした様子で仙道が指差した、少し離れた位置にある扉は開いていた。牧はあきらめたように黙ってその扉に向かって歩いていった。 部屋の中を覗くと、埃っぽい室内にダンボールが数個とほぼ空の状態の資料棚が二つあるだけだった。 「…ただの資料置き場みたいだぞ。 ? 仙道?」 後ろにいるとばかり思って喋っていた牧は仙道の姿がないので「一人で喋っちまったじゃねぇか」と、小さくバツが悪そうに呟き、もとのロビーに目をやった。 息を呑んだ。驚きに声が出なかった。 吹き抜けと区切るようにある幅広な革張りの手すり。一般的な女性の身長なら階下を覗くのも背伸びが必要な高さのそれに、仙道は横たわっていた。落ちたら死ぬ。良くて複雑骨折と内臓一部破裂。どちらにしても選手生命断絶は間違いない。 一瞬青ざめたが、大きな声を出して驚かれて落ちられたら…。 牧は静かに深呼吸をしてから、ゆっくりといつもの歩調で仙道の側へと歩いた。 「あ、牧さん。あの部屋何だったんすか?」 「自分で見て来いよ。面白いもんがあったぞ」 「んじゃ、俺も後で見てこようっと」 「こんなとこで横になって…。落ちても知らねぇぞ」 「助けてくれる気があるから、俺の手掴んでくれてんでしょ」 「…同程度のウェイトを腕一本で助けられるほどの力はない」 「落ちるときは、じゃあ、一緒に。どこまでもね…」 仙道の声は静かだった。何も含まれていない、ただ光を静かに通すだけの、純度の高い水に似ていた。 絶望という言葉を作り上げる音色は、きっとこんな感じで紡がれるものなのかもしれない…。 「俺さ。ホントは…天才じゃないって知ってた?」 「ああ。昔からな」 くすりと仙道が笑った。 「桜木は今も昔も自称天才だよね」 「あれは…特殊だろ。お前とは全く別物だ。俺とお前が別物なようにな」 「牧さん。 好きだよ」 「…落ちたいか? 今なら一緒に落ちてやるよ。 だがな、そうすると、次はない。今限りだ。死んじまったらお前を甘やかせないからな」 仙道の目尻から静かに水が零れた。 「ズリィなぁ…。一回甘えたら、もうその先ずっと甘えられないなんて。それこそ地獄じゃん」 「だから『地獄に落ちる』って言うのかもな。考えてもみろよ、俺たちがすんなり天国行けるとでも思ってんのか?」 牧の目からも静かに水が零れ、頬を伝っていた。 伝染する寂しさにも似た滴。哀れみすら含まない純粋な痛み。 「どうやったら天国に二人で行けんの?やっぱ腹上死?でもそれって同時は無理っぽいよね」 笑って起き上がりながら仙道は牧を抱きしめた。牧も両腕で仙道を胸に抱き、そのまま手すりから降ろした。 「お前はな、昔から天才じゃなくてバカなんだよ。紙一重で」 「それって答えになってない上に、あまりな言われようじゃねぇ? どーせあんたはいつでもお利口さんですよーだ」 「俺は利口にみえてるだけの、馬鹿だよ。…馬鹿な俺は必要ないか?」 口元で牧は自嘲気味に笑った。 「んなわけないの知ってるくせに」 「じゃあ、お前も解れよ。天才なんかじゃない、バカなお前を必要としてる馬鹿な俺を」 二人の頬が触れ合い、流れる滴の道が一つとなる。頬にできた小さな川は、どこにも返る場所はない。 あえて言うなら、流れる先は心なのだろうか。荒れ果ててしまいそうな心に殊更に染み込んで、新しい滴を無理やりに生み出させるために。そうしていつかまた、穏やかで豊かな場所に作り変えていくために。 「……ごめん…なさい」 *end*
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人間だもの、スランプや不調はあるもんです。そんなときに隣にいて欲しい人。
仙道にとっては牧で、牧にとっては仙道であるのだわ…と、勝手に思って書いたです♪ |