break your style


風呂から上がったはいいけれど…どうにも間がもたない。上気した頬や互いの体から仄かに香る同じ浴衣の清潔な糊の香りなどがよけいに牧の心を落ち着かなくさせていた。
部屋のTVをリモコンでつけたり消したりを繰り返しては…どうしても既に仲居さんが敷いてくれていた二組の布団に目がいきそうになって落ち着かない。

仙道も畳に足を投げ出してほてった体から流れる汗もそのままにぼんやりしていた。たまに牧と視線が合うと“へらへら”という言葉がふさわしい、ふぬけた笑顔を浮かべてはまたぼんやりしている。
夜の八時。腹はいっぱいで寝るにも早く。散歩に出ようかともおもうけれど、心地よいけだるさの体を外気で冷やすのもなんとなくもったいない。

気まずいわけでもなく、何かしたいわけでもなく。こういう時間というのは良いのか悪いのか判断が付きかねる…。そんな思いを抱いていた牧にいきなり仙道はすっくと立ち上がると言った。
「あー、やっぱ咽渇いてたまらないっす。まだ売店開いてますよね。俺、ちょっと買ってきます。牧さんは何か欲しいもんあります?」
「…いや、特に。そうだなぁ、烏龍茶、宜しく」
「了解ー」
手をひらひらさせて妙にご機嫌の仙道は部屋の鍵を取るとチャリチャリいわせながら出て行った。

出て行くときに牧の目の前にあるテーブルの上から鍵をとろうとしてかがんだ仙道の浴衣のすそ。
胸元が下に下がって白い肌が…見ようとしたわけではなかったのに飛び込んできたことを、閉まった襖を見ながら牧は思い出していた。
すると、先ほどまで意識していなかったのに「俺、あいつと一緒に風呂入ったんだなぁ…」と呟いてしまい、牧の中でどうしようもなくその肌に触れたいという欲望が生まれてしまった。

旅行最終日に使うかと思って持ってきたものを牧は小型のボストンから取り出して眺めた。
「どうしようもないな、俺は…」
苦笑いをしながら自分の布団の下にそれらを入れようとしたとき。

「牧さーん、アイスも売ってたんだけどとりあえずウーロンだけ買ってきたっすー。もしアイス…」
鍵を開けてもう仙道が戻ってきたのだ。静かにドアの閉まる音がそのあとに続く。
びっくりして声もでなかった牧はとりあえず自分の不自然な(布団の下に片手を突っ込んでいる四つんばい状態)格好を立て直そうと慌てた。
襖ががらりと開く。
「…アイスが欲しかったら買ってきますよ……って。牧さん何やってんの?」
勢いよく上体を起こして後頭部を背面の柱にぶつけてしまった牧は、頭を抱えてその場にうずくまっていた…。

「いや…べ、別になにも…。早かったな…」
涙目のくせにそれでも平静を装おうとしながら、そばに立つ仙道を見上げた。
仙道は何故か少し赤い顔をしている。いぶかしげに思った牧はその視線の先を追うと…柱に後頭部をぶつけてしまったときに足で布団を蹴ってしまっていたらしく、めくれあがった敷き布団の下に先ほど牧が隠した小さな旅行用サイズのベビーオイルとゴムが一つ、こんにちはをしていた…。

赤くなっているのか青くなっているのか。判断つかない顔色で固まってしまった牧の上から仙道の声が降ってきた。
「牧さん…準備ありがとうございます。…アイスは終わってからでも大丈夫っす。自販機でしたから」

笑いをこらえた震える声に牧ははるか遠くまで飛んでしまっていた意識を一瞬にして引き戻された。
牧は急いで畳の上に転がっている小さいそれらをひっつかむと、いきなり立ち上がってゴミ箱に投げ捨てた。そのまま仙道の左手にある鍵を奪うと部屋を飛び出そうとする。仙道は止めようととっさに体をひねる。反射神経の良い者同士の一瞬の出来事ではあるが、冷静さを失った牧を仙道の腕がからくも捉えた。
ラリアートをかまされたような形のまま牧は乱れた布団の上に乱暴に戻される。仙道も牧の上にすかさず乗り、動きを封じる。

しばらく睨み合いのような形になって黙していた二人だが、バツの悪い牧が先に視線をそらした。
「…笑いたきゃ笑えよ。どうせ俺はスケベだよ」
ふてくされて頬をほんのり染めながらそっぽを向き憎まれ口を叩く。普段では滅多に見られない少し幼く(…正直これが歳相応)感じられるその仕種、口調が仙道をさらに煽る。
ただでさえ押さえつけた形となり、はだけてしまった浴衣の胸元からのぞく牧の綺麗な褐色の肌と、上から見下ろすと泣きそうにも見えるきつい目線がゆらぐ様が仙道を煽っていたのに。

牧の顔を無理に自分に向かせてきつく唇を奪ってから仙道はやおら立ち上がると、自分の小型ボストンを持ってきてひっくりかえした。中から勢いよく荷物が畳の上に散乱する。
呆然とその行動を見ていた牧の前で落ちた荷物を拾い上げ、仙道は牧の目の前にズイと差し出した。
「スケベなら、俺の方が上です」
真面目な顔をしながら両手に大きなベビーオイル(新品)一本とゴムお徳用一箱(これまた新品)を牧の膝の上に乗せた。牧は手にずっしりくるオイルと箱ティッシュほどありそうな大きいその箱を見て絶句していた。
仙道はにっこり笑うとその箱をとりあげ、透明の包装を破りながら嬉しそうに話し出した。

「自分の卒業(まだしてないけど)旅行と題して無理やり誘った三泊四日、誰にも邪魔されない北海道二人だけのらぶらぶ温泉ツアー。牧さんとずーっと一緒って嬉しくてたまらなくて♪ しかも風呂といえば、明るいところで牧さんの裸体見放題!! タオルで隠してる部分は夜に俺だけが…って思ったら、燃えるってもんでしょう!! 旅行先でこれらを買うにも、一緒だと牧さん照れて嫌がると思って準備してきたんすよ」
さっきもぼんやりTVの方を見ている牧さんが湯上りで色っぽくって、でも流石にこの時間じゃ早いかとか変に気を使ってみたり。俺って可愛い奴っすよねぇ。それが牧さんまで同じ気持ちでいてくれたなんて分かったらもう我慢できないよ。あ、なんぼなんでもこのゴム全部使い切れないのは分かってますよ俺だって。でも牧さんの部屋に隠して置いておこうかなぁーなんて思って。ああ、口元が笑っちまって大変ですよ。

とかなんとか。着々と布団を直したりセッティングしながら長々嬉々として話す仙道の言葉を牧は驚きすぎで半分も聞いてはおらず、放心して座り込んでいた。


「さ、ちょっとムードはなくなっちゃいましたけど。ムードは明日ってことで」
にっこり笑って牧の浴衣に仙道は手をかけた。が、まだぼんやりしている牧の様子を見てその手を止めた。
「まださっきのこと気にしてるんですか? 俺、本当に嬉しかったんですよ。いいじゃないですか、人間なんてスケベなもんなんです。そうじゃなきゃこんなに人口増えてないし、風俗なんてとっくにつぶれてますって」
いつもの仙道らしからぬあけすけなその発言。牧を心配してか、はたまた興奮してなのか必要以上に変なテンションの台詞に、仙道自身も言ってはみたものの上手い自己フォローが見当たらない。互いに困った顔で見詰め合う。

「…本当にムードもへったくれもねぇな」
やっと牧はどうしようもないなという困った笑顔を見せた。仙道はその笑顔に心からホッとしてそのままぎゅっと牧を抱きしめた。
「…たまには、ムードのない即物的なのもアリかもな」
牧は笑いながら仙道の頬に小さくキスをした。

相手を欲しいと想う気持ち。心も体も。それを恥じる必要はないけれど、順序が逆だとこんなにも照れるものなのか。そして相手も逆の順序である時もあるということを知って、不思議に嬉しく感じることを知る。
たまには頭からじゃなく、体からっていうのも悪くない…こいつとなら。


「言っておくが、今日は俺が上だから。で、終わったら俺がアイス買ってくる。自分で選びたいしな」
「えー!? アイスはそれでいいっすけど、俺が上ですよっ」
焦って抗議の声をあげる仙道。珍しく乗り気で、いつも以上に無意識のキュートオーラを発している牧さんを抱けないなんて酷過ぎる。
「俺が先に準備したんだから、今日は俺。決定」
「牧さんのなんて一回分じゃないっすか。…いいですよ、その後と残り二日間は俺の使うんですから、残り全部俺が上ってことですからねーだ」
「ええっ!? お前、それずる過ぎないか?」
「スケベでは俺の勝ちってこと、教えてあげますよ…」
「そんなの教えてくれなくてい……っ……」



細く開いたカーテンの隙間からのぞく函館の夜。
真っ黒な空と海の境目も分からなく、ただ雪の積もった海岸だけがぼんやりと白く浮かび上がる。
静かな世界に今しがたまた降り出した雪が月光に照らされて舞い散る花びらのように降り、海岸と溶け合う。
そんな美しい光景も、雪影が白いノリのきいたシーツの上に音もなく躍る様にも気づくことなく…湯上りでほてった二つの体は別の熱に支配されていった。



それから数時間後、仙道は自販機に一人でアイスクリームを買いに行った。





*end*




仙道高校卒業旅行話。季節は2月くらいです。
タイトルは偶然TVでかかっていた曲から。特に好きというのではないけど、合うかなと。



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