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仙道は練習が終わった後その足で海南いきつけのカラオケボックスに直行したため、一次会でしっかり食べた牧とは異なりかなりな空腹感を盛大な腹の虫が訴えていた。帰りがてらにホカ弁で色々購入してから仙道のアパートに着いたのは後小一時間で日付も変わろうという時であった。

牧に『何を歌ったんすか?』『どんな飯でたんです?』などと三つの弁当を平等に胃袋に流し込みながら仙道は訊いた。ホカ弁のカップ味噌汁だけをすすりながら牧も律儀に一つ一つ答えていく。合間に仙道の絶妙な突っ込みを入れられながら。


「おい、まだ寝ないぞ」
バスルームに消えた仙道が歯磨きをしだした音に牧は声をかけた。ほどよくアルコールも抜け、掛け合い漫才のような会話をしているうちに目がしっかり冴えてしまっていたのだ。このまますぐには眠れそうになかった。
水音とともに仙道が戻ってきた。そのままクローゼットを開けてダークグレーのスウェット上下を出し、牧に手渡す。
「俺も流石に腹いっぱいすぎて寝れねーですよ」
ベッドの上に放り投げてあったパジャマに袖を通す仙道を見て、渡されたスウェットに牧も着替えようとした。…すっかり自分専用になってしまったスウェットがどことなく恥ずかしいのに安心するのは何故だろう。

下を履きおえスウェットの上を着ようとしたとき。パジャマのボタンをはめないままの仙道が牧の腕をとった。
「? どうした?」
「ここ、見て。あんたが殴ったとこ…赤くなっちまったんですよ」
先ほど仙道の腹にお見舞いした拳の跡を見ようと視線を下げた時。牧の体は仙道の長い両腕に捕らわれていた。
自分よりも白い仙道の皮膚に包まれ牧は驚き…一拍したのち震える声で言った。
「…こんな体勢じゃあ…見れない。離せ」
「ごめん…なさい。やっぱ後で見て。きっとそん時にはまた色が変わってると思うから」
「何で色が変わってると思うんだよ…」
仙道の少ししがみついているかのように思える腕も、自分がもたれかかっているのではないかと思える胸も熱く震えていた。
それらに気付かないふりを必死でしながら牧は心中で呪文のように繰り返す。
『腕をほどけと、どうして俺は突き飛ばさない。…どうして、動けない…』

「色が変わるのは…俺の全身を今、すんげぇスピードで血が逆巻いてるから。後で、確認して…ね…」
我ながらさっぱり説明になってないようなカッコ悪い言葉しか出てこないとは思うが、もうどうしようもない。本当はちょっとだけ牧さんの肌に触れるつもりなだけだったのに。大人しくすっぽり腕の中で震えているから…かろうじて保っていた理性の箍は速攻ですっ飛んでしまった。牧さんの肌があまりに滑らかで熱いから…待つつもりがあったことなんて忘れてしまう。

何度も、酔っている状態の牧ではあったが仙道とキスはしていた。だから、素面であるからという理由だけでは重ねられる唇を拒めない。
…本当は拒めたのかもしれないけれど、回を重ねるごとに気持ちよさまで増してゆくようなキスを…必死で探るような唇を拒む気持ちは湧かなかった。

互いの体からほのかに汗が浮かぶ。その混ざり合う香りすらなにか媚薬めいたものを感じさせる。
呼吸を整えようと牧が唇を離した隙に仙道の唇が牧の耳をとらえ、外耳からゆっくりと舐め上げていく。
ぞくりと駆け上がる初めての感覚に牧の咽が上がる。崩れ落ちそうになる膝を必死でこらえつつ放たれた牧の拳は仙道の背中にあたったが、仙道は「ききませんよ…」と一言耳元でうめくような声でもらしただけ。かわされてしまった。

抱き返していただけの牧の腕はもはやすがりつくような形で仙道の背に回されていた。
「ずっと…こうしたかった…」
切なげな声とぬめる熱い舌に牧の内耳は犯される。脳のどこかが差し込まれるかすれた低い声までも愛撫の刺激に変換するようだった。
仙道の舌が牧の首筋に達すると湿った吐息にも似たものが牧の唇から漏れはじめた。
完全に牧の膝が崩れ落ちたのに合わせて仙道も跪くように体勢を変える。
互いに熱は下腹部に痛いほど集中しているのが見なくても感じられる。それを隠すこともしない仙道。隠すことのできない牧。
二人の熱く昂ったものが布越しに互いの太腿にあたる。それが余計に体中の熱を呼び起こすことになると知りつつ、触れることができない。…どうすることもできなかった。

「うぁっ」
短い叫びをあげて牧は瞳を固く閉ざした。左胸の誰にも触れられたことのない場所に痛みにも似た熱が生まれる。熱い舌でこねあげられ、吸われる。
仙道が時折もらす切なげな吐息が触れるだけでも、新たな鳥肌と痺れを生み出していく。このままでは…このままじゃあ…。
「や…めろ、仙道…いっ…い…」
熱っぽい声で涙をにじませながら言葉をつむごうとする赤い唇に仙道は視線を移して見惚れた。


ミシ…。    どさっ。


「いいかげんにしろ!!」
牧は座り込んだ状態のまま、まだ震えている声で怒鳴りつけた。
しかし怒鳴られた相手は…左わき腹を押さえ体をくの字に曲げて倒れたまま意識を半ば飛ばしていたため、返事が出せない。
人差し指で仙道の青ざめた頬をつつく。汗で濡れているがそれは牧も同じ。ピクリと小さい反応をみせたが目を開く様子はなかった。
「俺は悪くないからな。一応『やめろ』と言ったんだからな」
すっかり立てなくなっていた脚を数回掌で叩いて活を入れる。ヨロヨロと立ち上がると牧は歩きづらそうにバスルームへと入っていった…。


頬に冷たい感触。気持ち良い…と握ったものを見ようと仙道は目を開けた。固く絞ったトイレのタオルだった。せめてテーブル布巾が良かったな…。
「目、覚めたか。どうだ、脇腹は」
牧は苦々しい顔をして、それでも仙道の顔を覗き込んできた。
「きいた…っす。で…も、かろうじて肋骨は無事…みたい。…ってぇ…」
「ふん。肋骨もらったら後々面倒だからな。顎に食らわされなかっただけありがたく思えよ」
「手加減…痛み入ります。お手合わせ…ありがとうございました」
「勝手にお手合わせすんな!!人を巻き込むな!!」
「だって俺…イタタ…牧さん以外でもう抜けねぇし、健康な高校生男子はこうするしかもう方法ねーっすよ」
「ぬけ…☆△○□@*!!!」
「あ…牧さん死んじゃった」
おーい大丈夫ですかーとのん気に、それでも血の気が引いた顔で起き上がった仙道が牧に声をかけた。
しかし、顔を手で覆い床につっぷしたまま意味不明聞き取り不可能な奇声を細く口から吐き出し続けている、真っ赤な牧の耳には入りようがなかった。


ようやく聞き取れる言語で、もう嫌だ…もう帰る、とブツブツ床に丸まって呟きだした牧の背を仙道が優しくポンポンと叩く。
「始発はまだまだないですよ。それにね、『もう嫌だ』なんて言わないの。神奈川の帝王が情けないですよー」
ガバリと牧は起き上がって恨めしそうに仙道を睨みつけた。
「…バスケとこれは問題が違うだろうが」
「そうです。解ってんじゃないっすか。 だって俺は家であんたとバスケをしたいんじゃない。きちんと愛しあいたいんです」
言ってる台詞はメチャメチャに思えるのに、こんな時に真剣な眼で牧を逃がさない。いつものへらへらした顔で言ってくれたなら…また拳を食らわせてこんな会話を終わらせられるのに。
「牧さん。今日のことはあんたにとって突然過ぎただろうから、タイミングに関しては謝ります。でもしたことについては謝らない。 あんたの気持ちが向いてくれるまで大事にしたいって思ってるけど…それと同じくらいあんたの体も欲しいと思ってるんです」
膝の上で握られた牧の拳の上に仙道の手がそっとかぶさる。そのまま瞬きもしないで瞳に焦点をあわせられて囚われる。
「あんたがスロースターターなのは知ってるよ。でも、今日解ったから、俺が断言してあげる。牧さんはもう俺を好きだよ。俺と熱を共有できるほどにね」
「そんなことは…ない…」
「あんたは俺が好き。俺はそれ以上にあんたを好き」
「お前は…勝手だ…」
「勝手な俺のせいに全てしていいよ。でもね、今言ったことは嘘じゃない。それに早く気付いて…ね」
苦しそうに眉をひそめている牧の頬に仙道の指が優しく触れる。今夜はもう何もしないと約束しますと小さく呟いてまた指を離そうとしたとき、牧の指が仙道の手首を捕らえ…牧は伏せた瞳のまま頷いた。


初めて泊まった日から狭いと文句を言いつつも一つしかないベッドで二人は寝ていた。
でも今日は牧が何も言わないうちに仙道はクローゼットから毛布を引っ張り出し、小さなクッションを枕に床に横になった。
こんなことは初めてで。最初からこうして寝ていなかった二人の意味に気付く。
ここでは背中にあたるのが当然のぬくもりが、今はない。あるのはただ布団に残る仙道のかすかな香りだけ…。
「おやすみなさい」
「…おやすみ」


広く手足を伸ばせるのに。仙道の寝息が隣から細く届いているのに。
窓の外から鳥の囀りが小さく聞こえてくる中、牧は不安そうな子供のように、大きな体を小さく丸めて眠った。




*end*




強気に出た仙道も、人間の三大急所(顎・みぞおち・わき腹)にくらうと倒れる
というお話でした。特にわき腹は肉の薄い部分です。皆様も危ない時はやってみよう♪



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