Let's have fun together. vol.09


 山の麓の朝は冷えるが、窓のファスナーを仙道は躊躇せずに大きく開けた。一際冷気が肌を刺して産毛が逆立つ。それでも入れ替わった清涼な空気はほどなく朝日がほんのりと柔らかに緩めていく。キャンプの早起きは嫌いじゃない。
 網目越しに広がる緑と空に目を細めていると、寝袋を畳む音と一緒に優しい低音が背にかけられる。
「今日もいい天気になりそうだな」
「そっすね……」
 振り向けば牧も顔をあげて見返してきた。片側だけにあたる日差しが牧の瞳を揺れる紅茶のように光らせ透かしている。その美しさに見惚れる仙道へ牧は首を捻った。
「どうした? まだ寝ぼけてるのか?」
「ん……ちょっと現実感がなくて。……信じたいんだけど……あの、ね。ええと」
 のそのそと四つん這いで隣にいって、寝袋の上に置かれている牧の手にそっと仙道は自分の手を乗せてみた。牧の手がくるりと仙道の手の中で回転して握り返してくる。
「おお……!!」
 感動に思わず声が出た仙道を牧が訝しげに覗き込む。
「お前本当に大丈夫か?」
「なんかさっきまでまだ、夢だったんかなってちょっとだけ。でも手ぇ繋いでくれたから」
 大丈夫と喜びを表情で伝えれば、牧はなんとも言い難い。あえていえば困ったように眉を曲げた。
「お前はどうか知らんが、俺は他の奴とは夢でもあんなことは出来ねーな」
「俺だってそうですけど!」
 気色ばむ仙道へ牧はわかっていると返すようにキュッと指に力をいれる。
「変な流れではあったが想いが通じ合った気でいたのに、お前の嫌な冗談のせいで二番目にすらなれてなかったのかって軽く絶望しかけた。あのときは悪夢かよって思ったがな」
「あ、あれはだってあんたが俺のことをだなんて全く、素振りもなかったし知らなかったからで……」
「とにかくセックスまでしといてまだ信じられないとか言われても困る」
「セッ……責任取ります取ります取らせて下さい、お願いします!!」
 握る手に力を込めて身を乗り出すと、必死過ぎたようで牧さんはぶはっと吹き出した。
「責任って。仕掛けたのは俺なんだから、取るなら俺だろ」
「俺が責任取りたいんですっ!! 大事にしまくりますからっ」
 扱きっこだけ(牧さんの胸や乳首は揉んだけど)でセックスと言い切れてしまう牧さんが可愛過ぎるのと、それ以上先があるのをわかっているのかどうか不安で、そこら辺も混乱に拍車をかけたけれど。それは今は横に置いておく。つかこんな清々しい朝にできる話じゃねー。
 そんな俺の気持ちなど知らない彼は、ほがらかに笑う。
「ははは。まあそう気負うな。俺はお前を。お前は俺を一番大事にしていいって話だろ」
「くっ……カッコイイ……。末永く宜しくお願いします……」
「おう。あ、でも覚悟しとけよ? 今度あんな卑下しやがったら、泣くまで説教してやるからな。もしくは足腰立たなくして、俺が責任もって介護してやる」
「うわ、怖っ。冗談に聞こえねー」

 笑っていた牧がふいに真顔になった。
「どしたの?」
「いや……。うん。あのさ……ひとつ頼みをきいてくれないか」
「どうぞ?」
「お前が試合に……いや、今後もし試合会場にすら来れないような場合は、監督にだけじゃなく必ず俺にも一本連絡をくれないか。ファイナルの後、お前はいないと教えられておきながら……やっぱ会場のどっかにいて俺たちを応援してんだろって……馬鹿みたいなんだけどさ。頭が全然切り替えられなくてまいったんだ」
 苦々しそうに自嘲する彼がその時に抱いた感情は落胆か怒りか、それとも悲しみや失望か。もしくはその全てだったのだろうか。
「……ごめん。もう絶対あんなことしません。一緒に一年近くやってきた仲間にもスタッフにもサポーターにも酷いことしたと思ってます……。誓うよ。もう二度としません」
 あんたにもうそんな顔はさせないという想いで仙道が横抱きにすると、牧は腕の中でポツリと呟いた。
「ファイナル戦、観たか?」
 この三日間一緒に過ごしていて、初めて訊かれた。本当は一番、彼が訊きたくて訊けなかったであろうことを。
 どれほどの想いが込められているかが痛いほどにわかるから、仙道は腕を解いて、背筋をのばし真っ直ぐに向き合った。
「はい。TVでですけどリアタイで、全部。……シーズン初の総合順位1位だけじゃなくて、次はチャンピオンシップでも優勝しましょう」
「次は俺たちのチームがBリーグチャンピオンになってやろう」
しっかりと視線を交差させ、不敵な笑みを交わし合う。
「ちっくしょー、ファイナル出たかったー!! 結果も惜しいだけに腹立つ〜!」
「悔し過ぎて笑うしかねーよ! くっそ〜勝ちたかったー!」
 二人は今まさに試合終了のブザーが鳴り響いた瞬間のような激しさで強く抱きしめあい、声をあげて笑った。



 昨夜残しておいたコーヒーと管理棟の自販機で買った牛乳で牧にアイスカフェオレとプチトマトも用意してもらう間。仙道は取り置いておいた牛肉や野菜を食パンでサンドし、薄くバターを塗ったフライパンにのせて、その上に乗せた皿を手でぎゅっと押し付けた。
「こうすればホットサンドメーカーなんかなくても作れるんすよ」
「もう片面はどうやって焼くんだ?」
「フライ返しがないからトングで代用……」
 仙道は皿をいったん外してから、圧縮されて嵩を減らしたサンドイッチをトングで掴んで素早くひっくり返してみせた。そして再び皿を乗せて手で軽く押しつぶす。
「昨日も随分と活躍してたな。俺もトング買おう……」
 あまりに真剣に言う牧が可愛すぎて仙道は相好を崩してしまい口元を覆い隠したが、牧の視線はフライパンに注がれたままだ。もしかして料理に興味を持ち始めたのかもしれない。
「もう一個同じの作るから、やってみます?」
「できるかな俺に……」
「大丈夫、牧さん専属シェフが隣にいますから」
「そうだな」
「もー。そこは『誰がシェフだよ』ってツッコミくれるとこでしょ」
「お前はもう俺専属になったんだろ」
「! そんなの……そんなのはもうずっと何年も前からすよ……」
「あ、茹だってるぞ」
「え」
 ついマイクロストーブの方へ顔を向けた仙道の頬を、牧は人差し指でさした。
「お前の顔がな」
「!! そっ、そーいうのは俺があんたにしたいやつだから!!」
「バーカ」
 からからと笑う恋人が憎たらしいやら可愛いやら。もし今日も越野が不在なら、延長料金を払ってもう一日追加してテントにこもっていちゃいちゃすんのに……と。皿を抑える手に力がこもりすぎたせいか、一個目のホットサンドイッチはやけにペッタンコで片面だけが少々焦げ目が強い出来となってしまった。


 カフェオレに使った残りの牛乳とカップスープのクラムチャウダー味と3分で茹で上がるペンネでスープパスタも用意した。
 どれも簡単で手早く出来るのに「すごく美味いな」と牧さんは感心しながら嬉しそうに頬張ってくれる。
「これからはあんたに食事で侘しい思いはさせませんよ」
 急に何をと全く理解できていない顔へ仙道は続ける。
「もっと料理の腕も磨きますから」
「なんだ、まだ初日に飯作らなかったことにこだわってんのか。言ったろ、デザート美味かったって。昨晩なんて冗談抜きで十分シェフだったぞお前」
「でもさ、どれもあんま手ぇかけない簡単なのばっかだし」
「手間暇は問題じゃないだろ? 味が良くて腹一杯になれたら十分だろうが」
「そうだけど……」
「あと飯は誰とどういう雰囲気で食うかが重要だな。今度お前とまたキャンプをしたとしてだ。たとえ乾パンだけでも俺は喜ぶだろうよ」
「あんた男前だなぁ……。いい旦那さんになれますよ」
「なれねーよ、結婚できないんだから」
「そっすか」
 さらりと言われたので軽く返したところで。じわじわとボディーブローのように言われた意味が浸透してゆき、頭部の血流が集まっていく。この場合、彼女がつくれず結婚相手ができないという意味ではなくて。相手が俺だから結婚出来ないと言われたのだと気付いてしまったから。
「……すっげー暑い……今度こそ茹だって死にそう」
「……俺もスープで温まった。日差しも強くなってきたな。今日も気温が上がりそうだ」
 とぼけた返事をしておきながらも照れくささを隠しきれていない精悍な横顔に、仙道は熱くなった唇をちょんと押し付けた。

 食後の片付けもすんでテントも畳み終え。二人はコンパクトチェアに座ってのんびりと青空を仰ぎながらポツポツと言葉を交わしていた。
 このままもうしばらく心地よい風と日差しに漂白されていてもいいな……と仙道が瞼を閉じていると携帯から通知音がした。見れば、予想通りの人物からだった。
「越野、もう駐車場に着いたって。そろそろ来るかも」
「あれだろ。おー」
 全力で走りながら手を振ってる男へ牧が軽く手をあげて応える。息を弾ませながら隣に立った越野がペコリと頭を下げた。
「昨日はすんませんっした! あ。これ、運べばいーんすね!」
「いいから越野も少し座れ。チェックアウトまでまだ余裕なんだ。これでも飲んで一息入れろ」
 昨夜の残りだと渡されたマグを越野は「あざす!」と元気よく受け取ると、喉を鳴らして飲んでからまじまじと残りを見つめた。
「……このアイスコーヒー美味いすね。牧さん淹れたんすか?」
 牧に「こいつ」と指さされた仙道は小さなあくび混じりに返す。
「越野は朝から煩さ……元気だね。随分早く来たけど、朝飯は?」
「母ちゃんが作ったおにぎり食いながら運転してきた。お前こそ食ったのかよ。まさか牧さんに食パンかじらせただけとかじゃないよな」
「朝飯はホットサンドとスープパスタ。ん? スープペンネかな? 食材はほぼ使い切っといたよ」
 仙道の言に視線を牧へと移せば、越野の想像通り「すごく美味かったぞ」と牧が深く頷いた。
 牧さんは大概なんでも褒めるし悪くは言わないので評価は当てにならない。それでも俺が仙道に食材を丸投げした手前、一応褒めておくかと越野は仙道へニカッと笑ってみせる。
「小洒落たもん作ってたのな。やるじゃん。あ、食材使ってくれたってことは晩飯もお前が? え、かなりな量じゃね?」
「牧さんが沢山手伝ってくれたから、品数は作れたよ」
「パーティー料理かと思うほどに豪華だったし、どれも美味かったよ。越野は食えなくて残念だったな」
「パーティ料理ってのはちょっと褒めすぎすよ。そういやシチュー残ってるから、お前家に帰ったら食えば。夜寒かったし一晩放置くらいで傷まないだろ、多分だけど」
「え、サンキュ。俺はポトフ作るつもりだったんだけど、確かに材料同じだな」
「仙道が作ったのは普通のシチューと全然違うんだぞ。ビールを使って煮込んであって、なんとも言えず美味いんだ。他にも肉巻きおにぎりや豚串鶏串、焼き野菜にニジマスのバター焼き……いや、なんていうんだあれは」
「ムニエルですね」

 晩飯の話をする二人の間の空気は和やかなものではあるけれど、仙道は牧さんに謝れたのだろうか。二日目の朝とあまり変わった感じにも見受けられないから、なあなあで雰囲気を戻せたのかもしれない。
「その豪勢な晩飯のあとは二人で何してたんすか?」
 よほど晩飯が気に入っていたのか何度も繰り返し仙道を褒める牧に内心呆れてしまい、越野は別の話題をふってみたのだが。
「え。………………いや、何も。シャワー浴びてすぐ寝たよ」
 奇妙な間をあけた変な返事をした牧は、「そろそろ荷物積もうか」と立ち上がって行ってしまった。
 越野は訝しさを感じながらも手伝おうと腰を上げかけたところで仙道に肩をポンと叩かれた。
「越野、サンキュ」
「え、なにが? あ。もしかして謝れたんか?」
 仙道がふわりと笑みを浮かべて頷く。水色の空を背にした仙道を後ろから差す光が白っぽく縁取って、空にとけて消えてしまいそうな。でも見たこともない幸せそうな微笑に越野は放心し、呆然と目を見張る。
(……仙道ってこんな顔する奴じゃなかったよな。……そういうキャラに成長してたの? いつから?)
 動けない俺の耳元に現実感を伴わない仙道が顔を寄せてきて、こそりとつげる。
「俺ね、牧さんに失恋したと思って腐ってたけど、違ったんだ」
「……は?」
「俺たち付き合うことになったから」
「え。へ? え、何、どゆこと? どこに行くって?」
 事態がつかめず混乱している越野を置いて立ち上がった仙道が背伸びをし、少し離れた場所で牧が荷物をまとめている背をまっすぐ見つめる。
「お前がきちんと話せってゆーからさ。もう失うもんはねーしなって、チーム移籍してもいいやって腹くくって挑んだんだけど。まさかの大逆転?」
「い、移籍ぃ? え、は、マジ待て、何言ってんのお前? 俺が何言ったってのよ?」
 ますます混乱を極める越野へ、仙道は真剣な瞳を向ける。
「内緒にしといてくれな。牧さんにも暫くはお前にだけ教えたことは黙っておくつもりだから」
「内緒……」
「突然驚かせて悪いな。けど牧さんにとっても突然なことだったから……ゆっくりいきたくて。これからなんだ、俺たちホントに」
 ジカク? ……自覚って何?? 仙道と付き合うことになったことに対して? それとも告られて自分もゲイに目覚めたことに?
( ─── わからない。なにもかもがわからないし、正直わかりたくもねえ)
 硬直してしまった越野を仙道は眉をひそめて覗き込んだ。
「あれ? 越野って同性愛に嫌悪感ねーって高校ん時に彦一から、なんでだか忘れたけど聞いた気すんだけど。あれ? 今は違うの?」
「そっ、そーだけど、そーいう話しじゃなくて。でもそうだよ、まず先にそっちを確認してから喋れよ、このボケ!! てめーいつからゲイだったんだよ!?」
「いつからだろ? けど俺、牧さん以外は全人類どーでもいーから、まーいんじゃねぇのそんなことは。それよりはい、これ。昨日牧さんがもらってきた新甘夏。お前のおかげも少しはあるからお礼にやるよ」
「は? 誰からなんでもらったの? や、だから今そんなみかんとかどーでもいーから。や、ちょっと待て。さっきお前、俺もお前にとってどーでもいーとか失礼ぶっこきやがった? あ、なんだてめー笑ってんじゃねえぞ!!」

 仙道に蹴りを入れている越野へ、牧が携帯を片手に声をはる。
「おーい、越野のスマホ鳴ってるぞー」
「うっす、今出ますー。あ、どもっす。はい? ……あぁ、伸俊来んのか。え? いや見せてやんのは別にいいけど。でもまだ三歳だろ? デジモンなんて早いって。……うん、わかんないね。最低でも小学校入ってからじゃないと。デジモン図鑑見せるよか、本棚の下の引き出しん中の」
 どうやら家族かららしく、越野はのんびりと喋っている。その横に立つ牧は何故か越野を凝視したまま動かない。
 その視線に戸惑っていた越野は電話を終えると苦笑いを向けた。
「すんません長電話で。猫の件が解決したと思ったら、急に姉の子供を預かることになったみてーで。まったく忙しねーったらねーすわ」
「話を聞いてしまって悪かったんだが……その、越野はデジモン図鑑なんて持ってんのか?」
「あ、はい。高校の頃、クラスの一部ですっげー流行ったんで。もしかして牧さんとこも?」
「いや、俺のとこはなかった。高校でって、その頃はもうデジモンは流行ってなかったよな?」
「そっすね。けど懐かしアニメの話でデジモンいいよなーって盛り上がった翌日に、誰かがカードゲーム持ち込んで。そっからドッカンすよ。中古店でカード激安で手に入れやすかったせいもあって、HR前や昼休みにカードバトルしてましたね」
 興味津々の体で相槌をうつ牧を仙道はちらちらと横目で見ながら荷物を片付ける。
「けっこう俺、強いんすよ? 牧さんも昔鳴らしたんすか?」
「全然なんだ。去年の夏頃に甥っ子とアニメの再放送を見てから始めたんだが、バトルでは甥っ子に勝てたためしがない」
「へえ〜、甥っ子君そんなに強いんだ。あ、もしかしてそれで図鑑気になったんすか? 良かったら貸しますよ、俺のカードコレクションも一緒に。それ使ったら余裕で勝てんじゃないすかね」
「そんな迷惑をかけるつもりで聞いたんじゃない」
 慌てる牧に越野が楽しそうに笑う。
「ちっとも迷惑じゃねーす。図鑑だけじゃなく色々揃ってますよ。あー久々に俺もやりてーな〜。牧さん、シーズンオフ中に時間取れる日があったら会いません? 俺持ってきますんで貸しますし、なんなら勝てる鉄板レクチャーしますんで」
「いいのか? 本当に?」
「もちろん。カードの組み合わせ次第で予想もできない自分だけのデックが出来んすよ。ビーコルの牧さんが例え遊びのカードゲームでも負けっぱなんて、俺が嫌すからね。がっちり教えますんで絶対勝ちましょう!」
「頼もしいな。もちろん礼はしっかりさせてくれ」
「なら、ホームの試合の優待席のチケを三人分確保って、図々しいすかね。金はもちろん払いますんで」
「もちろんプレゼントさせてくれ。そんなもんでいいなんて、俺のほうが助かるぜ。希望の日付とか後で教えてくれな」
「チケなんて牧さんにわざわざ頼まなくても俺がいるだろ」
 やっと会話に食い込めた仙道は牧を隠すように体を入れ込んで越野の前に立った。
「てめーに借り作んのもうイヤなんだよ」
「はあ? んだよそれ。借りつくったのは一昨日の俺だろ」
「ちげーけど、言いたくねー」
「はあ?」
 喧嘩腰のような悪い雰囲気が漂いだし、今度は牧が仙道の前へ進み出る。
「なあ、さっきの話をもっと詰めたいから、帰りは少しだけ俺が助手席でいいか?」
「もちろんすよ。じゃあさっさと片付けて帰りましょう! あ、みかんもらいました。あざっす」
「おお、食ってくれ。おい仙道、あっちの荷物さっさと積んじまおうぜ」
「はーい…………。帰りは後ろに二人で乗りたかったな」
「ん? 何だって?」
「いいえぇ、別になにもぉ……」
 不貞腐れている仙道の耳にだけ届く小声で牧が早口に呟く。
「おい。昨夜の一回分は貸しだからな。忘れんじゃねーぞ」
 ぐるりと向き直った仙道が牧をまじまじと見返せば、牧は照れを押し殺しすぎて嫌そうな顔になってしまっていた。
 夢じゃないことは起き抜けの会話で確認できていたけれど。性的なことにあまり積極性がなく思えた牧からの言に、安堵と喜びが仙道の胸に湧き上がる。
「……楽しみです!」
 満面の笑みがまずかったのだろう、手にしていた空のペットボトルで牧は仙道の後頭部を即座に叩いてから行ってしまった。


*  *  *  *  *  *


 結局牧は越野と話が盛り上がってしまい、帰路はずっと助手席に座ったままだった。仙道は後部座席で終始話に加われず。そのうち本格的にふて寝してしまっていた。

「仙道。仙道、起きろ。お前の家に着いたぞ」
 低く心地よい優しい声と、そっと肩を揺さぶる大きな手。
─── こうして貰いたくて俺は……なんだか色々頑張ったんだ……。
「ほら、頑張って瞼を開けろ」
「まきさぁん……」
 肩に置かれていた手に頬を擦り寄せると、慌てたように即座に手を引っ込められてしまった。渋々と仙道が瞼を開ければ、引っ込めた方の手を胸の前で握りしめ、ひどく狼狽している顔の牧がいた。
「は、早く降りて荷物を運べ!」
 早口で言うなり、牧は返事も待たずにトランク側へと行ってしまった。

 丁度その時、牧とは反対側に立っていた越野もまた、荷物を抱え仙道の家へとダッシュしていた。
(あんな……あんなに優しく愛しそうに揺り起こすなんて。しかもなんだよあれ、甘えてたよな絶対!)
 仙道を起こす牧の様子を偶然見てしまい、地味に衝撃で固まっていたら。続けて目にした仙道の甘えきった仕草や声……。高校三年間で一度として聞いたこともなければ見たこともなかった、甘えた仙道。それだけに、強烈な寒気と言いようのない羞恥で変な叫び声が出そうになって、逃げてしまった。
 そんな一部始終を見てしまったせいで、運転中すっかり忘れていた事を思い出してしまう。頭から振り払いたいのに、二人が付き合う場面─── クレーン車とダンプカーが接触事故を起こして重なるように横倒れになっている場面まで想像してしまい。
「……げ。もしかしてこれってすっげー大惨事じゃねえの?」
 世間にばれたらビーコルの二大スターの大事故的な。いや、今のご時世ならそれも表面上くらいは祝福報道になるのだろうか。でも内部でつまはじきとか、別な理由をつけて出場干されるとか。下手すりゃ世間のほとぼりが冷めた頃にこっそり二人とも解雇……なんて怖ぇこと色々この先あったりなかったり……? そういや仙道もだけど牧さんだって男女問わずすっげーファンいっぱいいる。二人ともこじらせファンから逆恨みで攻撃されたりストーカーされたりも??
 そこまで思い至ってしまえば、とんでもない秘密を抱えてしまった自分に寒気がする。下手に自分がネタ元と特定されたら、ただの一般庶民の俺こそがヤバくね?
「うっわ、怖ぇ……」
 夕刻に近い時刻とはいえ、まだ日差しは力強く、気温は蒸し暑いままだ。
 しかし越野は己を両腕で抱き、ぶるりと寒気に震えた。それでも顔が笑っているのはわかっている。
「怖ぇけど仕方ねー。借りもあるし、二人が不幸になられちゃ寝覚めも悪ぃしな」

 後ろから大荷物を抱えた仙道と、数歩後ろを牧がダッチオーブンを手にやってきた。越野はドアの前でくるりと踵を返し、消しきれない笑みを残したまま声を張る。
「遅ぇーぞ! さっさと鍵開けやがれ、今夜は飲み明かすぞ!」

















*end*









タイトルはキャンプを、恋を、そして人生を一緒に楽しみましょう!という気分でつけました。
越野も今後は二人の秘密の関係を知る友人として、一緒に困ったり楽しんでくれることでしょう♪



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