What will be, will be.
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卓上カレンダーへ伸ばしかけた牧の指先が止まる。 「……新しいのを買わないとな」 十二月の暦には元旦の予定を書き込める場所はない。誰もいない自室なのに、牧は所在を失った手で己の後頭部を照れ臭げにカリカリとかいた。 先ほど仙道から電話で来年の予定を聞かれた。 中・高校より大学の部活は年末年始の休みが数日多い。それで帰省する者が多いせいか、今までのように部活仲間で初詣という慣習がないことを話した。 『なら元旦は二人で初詣行きませんか。そのあと俺んとこ泊まっていきません?』と仙道が聞いてきた。 まだ高三の仙道の休みが短いことは知っている。部活仲間と初詣というほぼ強制参加の行事予定もあるのではないかとも思う。それでも俺は『そうするかな。暇だし』とだけ返した。余計なことを言って、せっかくの誘いを流してしまうのが嫌だったからだ。 来年の、多分部活の予定を聞かれたのにすっとぼけたふりで年末年始の話をしたのだって、あいつが時間を作れそうなら、会おうと誘ってくるのではないかと期待したからで。 「見透かされていたとしたら、恥ずかしい奴だな俺は……」 最初に同性だから付き合わないと突っぱねたせいだろうか、会いたいと誘うのは未だに少々気が引けてしまう。あと一ヵ月強で付き合いだして一年になるというのに、我ながら情けないことだ。 年の初めに仙道の顔を見たい。会いたい。だから誘導するような話をしたけれど。 「……泊まるのは…………断った方が良かったかな」 小さな独り言がやけに静かな室内に大きく響いた気がした。 数少ないこれまでの逢瀬でも部活仲間と接するような感覚の俺。対して、人気のないところでは手や髪に触れてきたりと積極的に軽いスキンシップをとってくる仙道。 今回の泊まりでは期待されている気がする。二人きりで夜を過ごすことになれば、いくら不甲斐ない俺でも恋人らしい行動を自ら起こすだろうと。もしかしたらキス以上のことも仕掛けてくるのではと望んでいたりするだろうか……。 牧は眉間に薄い皺を寄せ自室のベッドに再び横たわり目を瞑った。 瞼の裏に国体合宿時にユニフォームの上を脱いだ仙道を見かけたこと思い起こす。一年以上も前なので記憶はほぼないに等しいが、カメラの焦点を合わせるように想像で補正していくと均整の取れた姿態が浮かんでくる。イメージが鮮明になるほど、直に触れて抱きしめてみたい衝動に駆られる。キスの先を望んでいるのは自分だって同じだ。 しかしまだお互い体の成長が止まっておらず、毎日のように部活はある。親や周囲に隠さねばならないことで精神面での負担も。それらを鑑みれば性交渉はまだ早いように思うのだ。まだ付き合って一年にも満たない俺達は気持ちの繋がりを深めることこそが先になすべきことだろう。 心身共にダメージが少なくてすむのは大学卒業後くらいだろうか。先は長いが、仙道の好奇心をかわしつつ、良い精神的繋がりを構築するよう年上の俺がリードしていかなくては。 「……しっかりイメージしちまうとダメだな」 理性は相変わらず性交渉は絶対にしない、の一択だというのに。瞼の裏に描いた仙道の明るい肌の色、滑らかでまだつくりこみきれていない筋肉の隆起に体はあっけなく理性へ白旗を掲げる。 牧はベッドヘッドに置いてあるボックスティッシュを引き寄せると、苦い溜息をひとつ吐いた。 * * * * * 待ち合わせは仙道が一人暮らしをしているアパートに近い駅だ。元旦のせいか以前一度だけ来た時よりも混雑している。携帯に連絡を入れた方がいいかと考えながら改札を出れば、人混みより頭二つ分ほど飛びぬけた高身長の男は探すまでもなかった。向こうも同じだったようで白い歯を見せ軽く手を挙げてきた。 自分に真っ直ぐ向けられる笑顔。これを得るためならば俺はどこへだって出向くだろう。 そんな熱い気持ちなど微塵も感じさせない涼しい顔で、牧もまた同様の仕草で返した。 隣へ並び立つと仙道は「ちわす」と会釈してから周囲を見回すように視線を遠くへ投げた。 「けっこうな人混みすねぇ。何かイベントでもあんのかなぁ?」 「あっても不思議はないな。元旦だし」 話しながら駅を抜ける。天気はいいが冷え込んだ空気が肌を刺す。 「ここ来る前にちょっと遠回りして、牧さん連れて行く予定の神社前を通ってきたんすけど。そこもすごい人でしたよ。……でね、初詣を明日にしたら今日来てもらった意味ない?」 「“初詣”というのは一年で最初に詣でる日だそうだ。だから三日だろうが四月だろうが初めて出向いた日が初詣。明日でも全く問題はないよ」 仙道が「へぇー、知らなかった」と言ってこちらをじっと見てくる。なんだろう、うん蓄を語られてもとでも思われたか? それとも質問の意図を取り違えただろうか。 長い睫毛の下の美しい漆黒の瞳に凝視されてしまい落ち着かなくなる。 「……なんだ?」 「ん? 牧さん物知りですげーなって。俺にピッタリだ」 どういう意味だと顔に出ている牧へ仙道が言葉を付け足す。 「俺は物知らずだからさ。物知りな恋人ができてすげーラッキー」 寒風にさらされた高い鼻梁と頬、そして耳を赤くして笑う。それだけで可愛いのに、言うことまで可愛いとはどういうことだ。まだ会って十五分も経ってないのに愛らしさにやられちまって、やけに気が焦る。 「牧さん?」 「なんでもない。……早く暖をとりたいと思っただけだ」 早く部屋で二人きりになってその冷えた頬や耳を俺の手で温めてやりたい。などと正直には言えず、無難な返事にとどめおく。 「今日はすげー冷えましたよね〜。顔、痛ぇくらい」 仙道は苦笑いしながら顎先をマフラーに埋めた。去年の二月に香川で俺が買って押し付けた、太さがランダムな縞模様のマフラーに……。 仙道に続いて入ったアパートの狭い玄関から見える室内は冬仕様になっていた。一番空間を占めるベッドの布団が暖かそうな生地に変わっている。床に転がっている初めてみるクッションも起毛素材で冬物っぽい。 牧は促されるままにベッドに腰かけると掛け布団に指を遊ばせた。 「それ、いいでしょ。実家に帰った時に家から持ってきたんです」 薬缶に火をかけながら仙道が話しかけてくる。玄関とキッチンが部屋に繋がっているワンルームはどこにいても会話が通じて便利だ。 「手触りがいい。毛布みたいだ」 「でしょ。クッションもいい感じなんだよ。クッションはニトリで安かったから……はい、熱いから気を付けて」 家を出る前に一度沸かしておいたのか、すぐに沸いた湯で手早く作ったインスタントコーヒーを手渡される。前に来たときはアイスコーヒーだったと思い出しながらありがたく受け取る。 隣に腰掛けてきた仙道は物言いたげに唇を開いたが、つくろうような弱い笑みに変えてしまうとコーヒーをすすった。何かひっかかりを感じたため、話し出すのを待ってみる。しかし待ってみてもただちびちびと飲み続けている。 その横顔にふと先ほどの寒さで紅潮した頬を思い出し、牧は尋ねた。 「あたたまったか?」 「牧さんは? 部屋、まだちょっと寒い? エアコンの暖房……」 本当にあたたまったのか確認すべく、話している仙道の頬に手の甲で触れて温度を測る。思っていたよりもひんやりとしていたので、今度は掌で包むように触れた。 「……まだ冷えてる。暖房をあげてくれ」 長い睫を何度か瞬かせたのち、仙道の頬の温度が急に上昇した。俺の体温が手から頬に吸収されてそう感じるのだろうか。 手を離したがエアコンのリモコンを取ろうともせず固まっている仙道を牧は首を傾げて覗き込んだ。 「……俺…も、…あったまりました」 妙に戸惑ったような顔は言葉通りほんわりと血色がよくなったように見える。安心した牧は腕を下ろした。 「そうか。それなら温度はこのままでいい」 仙道は数回コクコクと頷いてから残りのコーヒーを飲み干した。 テーブルにマグカップを戻すと腰をずらして牧に身を寄せてきた。肩へ頭をもたれるように乗せられる。 「冬が好きだと思えたのは、二回目です」 「へぇ…」 「あんたと寝台列車で旅行した時。と、今日」 牧は香川との共通点を考える。冬独特の心身を引き締めるような寒風と抜けるような青空がすぐに浮かんだ。 「冬の青空は俺も好きだ」 「そうだけど……そうじゃなくて」 甘えるように耳を擦り寄せてくるのが可愛い。 「冬は……あんたから俺に手を出してくれる」 少し甘えるような声音に少々ぎくりとした。 それを悟られぬよう牧は仙道の顎をとり上向かせ、その唇を己の唇で軽く啄むように触れてから、ぴったりと重ねあう。 「ん……」 鼻から抜けるような仙道のほの甘い吐息にそっと唇を離した。 「……やっぱりあんたといると、冬が好きになる」 「冬だからしたんじゃない」 再び唇を寄せれば、焦れたように吸い付いてきた。 腕の中に確かな質量を感じながらキスを繰り返せば、知らず乾いていた心身が潤っていく。充足感に自分がいかにこの時を望んでいたかを教えられる。 満たされた牧はゆっくりと体を離した。先ほども寒くはなかったが口付け前とは比べ物にならないほど全身が温かい。すっかり冷めたコーヒーが丁度よく感じるほどに。 飲み干し空になったマグカップを片手に牧は仙道へ顔を向けた。黒い瞳が夜露を含んだようにしっとりしている。 「おかわりは頼めるかな。コーヒーじゃなくてもいいんだが」 牧は官能を帯びた瞳には気付かなかったふりで軽くカップを持ち上げてみせた。 「……今すぐ飲みたければ牛乳か黒烏龍茶。お湯が沸くまで待てるなら、コーヒー」 まだ少し濡れている薄めに整った唇からほんのり熱っぽい声音が紡がれた。 牧はあえてカラリとした声で返す。 「黒烏龍茶で。珍しいの飲んでるな」 「安売りしてたから買ってみたんです。紙パックごと持ってきます?」 「それはありがたいな」と頷けば仙道はゆっくりとした動きで小さな冷蔵庫へ向かった。 広いが少し薄そうな仙道の背中にも不満を感じ取る。 しかしキスして抱きしめるだけでこうも体が火照るだけに、これ以上手を出せば歯止めが利かなくなるのは目に見えている。欲望のままに仙道の身体に負担をかけてバスケに支障が出るなど、万が一にも許されることではない。大事にしたいのならば逃げるが勝ち、触れぬが吉の場合が今なのだ。腰抜けと思われようとも、それがお前のためだ。恨むなら魅力的な自分を恨んでくれ。 「どうしたんすか? あ、やっぱ牛乳にする?」 声をかけられ牧は意識を現実に引き戻された。 眼前のテーブルには大振りのガラスコップ。中には黒々とした醤油のような液体が満たされている。 「このメーカーのは俺、苦手みたいで。見ての通りおかわりはいっぱいあるけど」 1リットルの紙パック容器タイプは初めてみた。確かに黒烏龍茶と描かれている。 「いただきます」 「あ、ちょっと……」 一口飲んで牧は眉間に皺を寄せた。確かに醤油ではないが、コーヒーよりも苦い。そしてかなり渋い。仙道が苦手と感じるのも納得がいく。 「無理して飲まないでいっすよ。俺は昨日、一口飲んでやめたし」 「飲めなくはない」 「そうだ、水で薄めたら飲みやすいかも」 仙道が台所に水を汲みにいったが、喉が渇いていたので半分ほど飲んだ。薬や不味い飲料を飲むコツは鼻から息をせず一気に喉へ流し込むことだ。 「あ〜、もうそんなに飲んでる。いや、飲んでもいいんだけどさぁ。あ、コップかして」 水の入ったやかんを片手に文句がましく言いながら、牧の手から半分ほど残ったコップを奪うと水を注ぎ足した。よく見知った色合いの黒烏龍茶になる。 「はい、どうぞ」 会釈し受け取って呷る。普通の黒烏龍茶だ。香りは薄まったが渋さが消えて格段に飲みやすかった。 「どう?」 「美味くなった。サンキュ」 仙道は一瞬大きく目を見開くと、困ったような顔で笑った。 「なんかさ、前も似たようなことあったよね。……あ、思い出した。レモンうどんだ」 「レモンうどん?」 「香川でさ、うどんにレモン絞ったやつを『美味くはない』って言いながらも牧さん全部平らげてたよね」 「あー……そういや、あったなそんなことが。そうだ、水を足せばお前も飲めると思うぞ」 やかんから先に水を注ぎ、紙パックから黒烏龍茶を少量注いで色を確認してから仙道へ出してやった。 気乗りしない顔で口にした仙道だったが、すぐにコップを空にした。 「普通すね。捨てなくてもいいや、これなら」 「お前、捨てるつもりのものを客に出すとはどういう神経……」 「だって牧さん、俺より大概強いしさぁ。もしかしたら口に合うかもしんないし?」 喋っている仙道へ牧は紙パックの一部分を指差しながら突き付ける。 「え、何? ……『黒烏龍茶業務用(二倍濃縮)』……二倍濃縮ぅ?」 指された部分を読み上げる仙道の語尾が跳ね上がった。 「客に出す前によく読めよ」 「うわ、ごめん! わざとじゃねーんだよ! ホントだって!」 外では飄々としている男が自分の前でだけ慌てる様は可愛くて、全く怒る気にもならない。けれど、からかいたくはなる。 「すっかり騙されたなぁ」 「違うったら〜。わざとだったら自分で飲んで不味い思いなんてしないって」 「最初にコーヒーを出したのは、コーヒーよりは黒くないと安心させるためだったのか。計画的犯行だな」 「んなわけねぇじゃん! なにそのニヤニヤした顔! ……あ〜なんかこういうのも前もあった気ぃする〜」 不満げに口先を尖らすのが可愛過ぎて、つい後頭部をわしゃわしゃと撫でてしまう。 「あんたにゃ勝てませんよ」 「一人で勝負するな。俺も混ぜろ」 「いや、だからぁ…………もういいや」 口先は不貞腐れた風を装っているが目が笑っている。あ、本当に笑った。何故だか知らんが楽しそうだ。俺まで倍も楽しくなる。 「お前は可愛いな」 「だーかーらー」 「お前が喜ぶなら、原液のまま残り全部飲んでやるぞ?」 「やめて。んなこと頼んでないから」 笑いながら拳を突き出してきたので、牧はその手をとると甲に音を立ててキスをした。 「な!? な、なにしてくれちゃってんすか。あんた外人?」 思った通りのギョッとした表情で慌てている。もう何度も唇を重ね合わせ、舌まで絡ませておきながら手の甲くらいなんだというのだ。不可解なところも可愛くて、そのくせ大変面白い。リアクションがこうも毎回ツボなのもからかいがいがある。俺には似合わないふざけたことをしてしまうのも無理からぬことだろう。 急いでひっこめた拳のやり場に困っているのと、返す悪態が見つからなくて悔しそうなのがありありと見て取れる。牧はとうとう声を上げて笑ってしまった。 牧の背中を数回バシバシと叩いて気を静めた仙道は思い出したように立ち上がった。 「今日は茶菓子を用意してあるんすよ。実家から持ってきたやつ」 先ほども聞いたような話をしながら仙道は紙袋から袋菓子や小さな箱菓子、そしてどこぞの菓子店のものらしき焼き菓子をテーブルに広げだした。小さなテーブルの上には文字通り菓子が山と積まれる。 牧は裾野の菓子をひとつ手にすると袋に印字された金色の英文を音読した。 「『マッターホーン』……お前、これ本当に持ってきていいやつだったのか? ご家族が来客用に買っておいた物じゃないのかよ」 「さあ? 大事ならしまっておくでしょ」 「どこに置いてあったんだ?」 「台所とか居間とか?」 「居間……」 嫌な予感に小袋をテーブルへ戻した牧に仙道はにこりと両方の口角を上げる。 「いーんだって、今更送り返されても困るでしょ。はい、食べて食べて」 仙道は三個ほど焼き菓子の袋を掴み取ると牧へいい笑顔で押し付けた。 「ノーパソをテーブルに置きたいんで」 それほど減っていない菓子の小山の半分ほどを仙道は両手ですくうと問答無用で牧に押し付けた。「こんなに食えないぞ……」と言いながらもマドレーヌを二口で食べている牧に、「楽勝っぽいよ?」と楽し気に返しながら仙道は手早くノートパソコンを起動した。 「ちょっと提案なんすけど」 ブックマークしておいたのだろうWebページを開いて向けてきた。赤い帯に書かれた『走るカフェ フルーティアふくしま』の白文字が目に飛び込んでくる。サイトはタイトルの『カフェ』を意識してか、白・ピンク・茶色を基調とした可愛らしい感じで作られている。 しかし雰囲気に反し説明はしっかりしていた。一号車のほぼすべてをカフェカウンターに。二号車は一人・二人・四人用と細かくシート分けした座席専用の作りになっているのを列車内図と車内写真を使い説明している。牧は見たことない車内に興味が湧いた。 「へえ……」 「面白い作りだよね。けどこの列車の売りはスイーツなんですよ」 列車説明ページから進まない牧に焦れた仙道はマウスを奪うと先へスクロールし、ケーキやドリンクの写真が華やかなページで止めた。 「福島県産フルーツなどを使用したオリジナルスイーツ二品とホットコーヒーとフルーツジュースがワンセットなんだって。あとアイスティーやアイスコーヒーはドリンクバーでおかわり自由」 読み上げながら仙道がこちらの反応を伺っているのがわかる。 「美味そうだな。ドリンクバーもいい」 「この観光電車はスイーツセットとチケット込みの商品でね。土日祝のみ運行なんだって。震災後にできたみたいだよ?」 「働く女性に列車で福島観光に来てもらうのが狙いか。いいんじゃないか?」 素直な感想を述べると仙道が眉尻を下げたため、牧は慌てて言葉を続けた。 「いや、いい商品だと思うぞ本当に。女性は男より財布のひもは緩いそうだから、復興のためにも沢山呼びたいだろ。女性に興味を持ってもらうには」 上目遣いで見つめられ、牧は言葉をつまらせる。 捨てられた子犬のような目というのはこういうのを言うのだろうか。少し気落ちして、でもまだ何かを期待してひたむきに見つめてくる真っ黒でつぶらな瞳……。 数秒の間をおいて仙道はどこか途方に暮れた表情で口を開いた。 「……俺達、もうすぐ付き合い始めて一年になるんだよ。だからってわけでもないけどさ、近場で一泊旅行とかどうかな……なんて」 牧は僅かに目を瞠った。 「今は男子旅とか甘味男子っつーのも定着したから、俺達がこれを利用してもおかしかねぇんじゃないかな……って。……思っただけなんだけど」 話しながらどんどん視線を落としていってしまう仙道の肩を牧は急いで掴んだ。 「福島へ行こう。この観光電車で」 「え。いや、別にこの電車使わなくてもいーし、福島じゃなくたっていいんだ。俺はただ、あんたとまた二人でどっか行きてぇなって」 「俺もな、一度は福島や東北に行って復興の進み具合や活気を自分の目で見てみたいとは思っていたんだ。面白い電車で菓子を食い、観光して金でも落としてくれば少しは役に立てた気にもなれる。しかもお前とだろ。素晴らしい案だ」 「そ……そっすかね」 少々気圧された感を滲ませつつ仙道が首を傾げる。牧は力強く頷いた。 「そうと決まれば作戦会議だ。まだ腹も減っていないし、ざっと計画をたてようぜ」 己の両膝を牧はパンッと景気よく叩くと、まだ僅かに戸惑いが残る仙道へ白い歯をみせた。 顔を突き合わせ、パソコンを覗き込みメモをとりながら具体的なプランを練っていく。普段電話で話しているような会話を交わすのも顔を見れていれば楽しいが、旅行の計画を二人で立てる楽しさは比べるべくもない。 仙道はどうだか知らないが、ポテトチップスを口に運びながら喋る声音も表情も弾んで見えた。 「じゃあ、神奈川から福島までは夜行バスで決定でいいのか?」 「うん。電車乗り換えよか安いし、一本で行けるの楽そうだしさ。それに俺、夜行バス乗ったことないし」 「ないのか」 頷かれた牧は「それなら決まりだ」と重々しく頷いた。「それならって何?」と笑う仙道の後頭部を褐色の指がわしゃわしゃと撫でかきまわす。 くすぐったそうに首をすくめる仙道が可愛過ぎて、頬へ唇で触れてから牧はパソコンの画面へ顔を戻した。 「福島駅まで七時間だが、初めての夜行にしては少し長いか……」 「大丈夫。寝てりゃ着くんだし楽勝ですよ」 「バスの座席は俺達には窮屈なサイズだから、すぐに寝付けるかどうかはわからんぞ」 「隣に牧さんいるんでしょ?」 「余計狭いな」 「違くて。こうしてたって俺は寝れるよ多分」 仙道は牧の腕に自分の腕を絡ませるとギュッと体を寄せた。 「あんたの隣だとやけに眠れるから確認しただけ」 至近距離で見上げてくる瞳に心臓が大きく跳ねたが、気付かせないように視線を画面へ戻す。まわされた腕には急に上がってしまった体温で、今の俺の気持ちなど筒抜けだろうけれど。 「……往復の移動時間を考えると、香川の時ほど観光時間はとれないかもしれんな」 「いいよ。俺の目的は観光じゃないから」 ネットの地図を空いている右手でぐりぐり動かしている仙道に牧は目的は何かと聞かなかった。 こいつが甘味や乗り物にさほど興味がないのは既に知っている。それだけに俺を喜ばせたい一心なのが伝わってきて、胸の奥底から愛しさがボコボコと湧き出てくる。俺だって同じようにお前を喜ばせたい。叶えてやれる望みがあるなら叶えてやりたい。なかなか会えないからこそ、今与えられるものならなんだって─── 「牧さんもこれ食う?」 二枚入りのチョコクッキーを一枚差し出され、牧は反射で受け取り己の口に運んだ。 租借しながら牧は仙道の横顔へ胸中で語りかけた。『今の俺でも叶えてやれることをがあったな』と。 福島観光ページをスクロールしている仙道の手を牧は左の掌で包んだ。 「調べるのは夜にしないか」 「……いっすよ」 牧の表情から何か感じ取ったのか、仙道は短く答えるとすぐにパソコンの電源を落としてベッドへ腰かけた。その肩を抱き寄せて再び唇に吸いつく。先ほどの唇の感触を確かめ合うキスよりも強く、もっと隙間なく密着させる。重なり合った内側のとろけるような粘膜の柔らかさに動悸が早まる。もっと奥へと舌を差し入れれば歓待するように舌を絡められた。 「ま……き、さん……」 合間に漏らされた低く甘い声色にぞくぞくと肌が粟立つ。 応えるように上顎を舌で丹念に舐めてやると、牧の後頭部を包むように仙道の掌が添えられた。指先の力から興奮が伝わってくる。 今、抱いてやろう。体に負担をかけないように細心の注意を払って。心にも体にも傷ひとつつけはしない。壊れ物を扱うように優しく触れて、言葉でも安心させて、うんと気持ち良くさせたい。それでも体に負担なようであれば、そこでやめる。俺自身がどれほど切羽詰まっていようと、鉄の意志で絶対に止めてみせる。仮に仙道が先を望んでも、だ。 「……ふ…………んぅ……」 甘苦しいくぐもった吐息に牧は唇を離すと仙道に一息つく間も与えず、その長い首を舐め上げる。ぶるりと胴震いをした仙道は紅く染まった目淵で見下ろしてきた。牧は黙ってひとつ頷くと、仙道の上着の裾に指をかけた。 呼吸を荒くしながらベッドの上でもつれるように衣類をはぎあっては性急に肌をまさぐりあう。うなじ、肩、鎖骨は唇で。胸、腹、背中は指先や掌で。感じ取る全てが想像より何十倍も生々しく、触れるほどに肌になじんで癖になる。触れられればむず痒くも甘美な感覚が芽生え、身体の芯で連鎖して小さな火花を弾けさせた。特に首や鎖骨のあたりは舐めあげられるたびに鮮やかな快感が何度も走り、互いに戸惑いながらも皮膚が赤みを帯びるまで探り合った。 唐突に仙道は牧の胸全体を掌で撫でるように揉み上げながらうっとりと呟いた。 「すごくいい筋肉……柔らけぇ。気持ちいい」 「お前は着やせするんだな、けっこうしっかり……あ、バカ。やめろくすぐったい」 突然胸の飾りに吸い付かれて、牧は仙道の額をペチリと軽く叩いた。 「早い者勝ちです」 「んなとこ触ってどうすんだよ。女じゃない……って、おい。聞いてんのか?」 再び吸い付いてきた仙道は今度は離されないとばかりに長い腕で腰をがっちりとホールドする。 小指の爪よりも小さな粒を愛しそうに舐めては吸われ、時折胸筋の谷間に顔を埋められて戸惑う。とりあえず仙道の肩から腕のラインを何度も撫でおろしているうちに肌に籠っていた熱は去り、冷静さが戻ってくる。 「……面白いか?」 「楽しいす。小さくて可愛い。舐め溶かしたいくらい」 赤くなった尖りをぷちゅりと音を立てて吸い上げ、白い歯で甘噛みされる。粒を中心にじんじんとした痺れが広がりはじめて牧の眉間に知らず皺が寄った。 このまま続けられるのはどうにも良くない気がして、仙道の後頭部の髪を軽く引っ張る。 「交代だ」 「もうちょっとだけ、ね?」 先ほどなんでも望みを叶えてやろうと思ったことが頭を掠め、仕方なく指を離した。 仙道は嬉しそうに左右に同じことを飽かず繰り返している。必死に乳を吸う赤子のようで可愛いと思えなくもない。だが両方の胸の先がピリピリとした熱を持ち、感じたことのない奇妙な疼きを訴えだしてそれどころではなくなってくる。 これ以上の我慢はやめようと、今度は仙道の耳を引っ張った。 「もうダメなの?」 「退屈だ。交代しろ」 「退屈って言われちゃぁなぁ」 名残惜しそうに腕を解いた仙道は溜息を吐いた。その息が胸の先端に触れただけで胸筋がわずかだがびくりと竦んだ。やはり止めさせて正解だったと牧は愁眉を開いた。 今度は牧が仙道の腰に腕を回して背をまるめ唇を寄せる。とても小さな粒は舌先にすら乗らない。色付いている周囲の皮膚ごと含むように口付けて舌先で転がせる。左にも同じ行為を繰り返しながら仙道を伺い見ると目が合った。 「気持ちいいか?」 「ちょっとくすぐったいかな」 少し困惑しているような表情に、繰り返せば先ほど自分が感じた奇妙な違和感を仙道も感じるかもしれない。そうすれば今後は互いのために胸を吸うのはやめようとなるのではと牧は考えた。 その考えに気を良くし、更に続けているうちに唇に感じる質感や粒が返す反応が楽しくなってくる。 ゆっくりと舐め潰していた牧の胸の先端を仙道は突然きゅっと摘まんだ。牧が驚きに顔を上げる。 「あ、ごめん。俺もなんか退屈になっちゃって」 「俺はもっと長く我慢し、たっ、う。やめろ、人が話してる最中に揉むな」 注意を受けてもなお胸の粒を摘まんで揉むため、牧の両肩がびくりと跳ね上がる。 「うっ……! い、いい加減にしろ!」 牧は距離をとり、胸を隠すように腕組みする。仙道は目を細めた。 「……もうしませんから、逃げないで?」 小首を傾げて苦笑を向けてくる仙道はよく見知った男だった。けれど先ほど一瞬だけだが、目を細めた時の仙道は知らない捕食者の顔で。まるで俺を獲物として見ているように感じた……。 「ごめんね?」 謝られてしまえば、それほどたいしたことをされてもいないのに大仰だった気がしてくる。たかが胸くらい何がどうなるものでもないのに。 そう思い至ればかえって過剰反応をしたようで気恥ずかしくなった。 「いや、俺の方こそ。気にしないでくれ」 「そう?」 近付いてきた仙道の頬に手を添えてやれば、頬を掌にすり寄せて微笑んでくる。可愛い。こんなに可愛い男に俺は一瞬とはいえ何を警戒したんだと馬鹿らしくなり、両手で包んで口付けた。 唇を交わしながら残る一枚の布越しに互いの雄を重ね合わせた。 硬さを増したものが擦れあう度にもどかしい快感が腰を動かせる。呼吸が早まる。 「もう……脱ぎたい。あんたも、脱いで?」 熱っぽい囁きに負けないほど色を帯びた瞳へ、返事の代わりに牧は勢いよく己の下着を脱ぎ捨てた。 日が落ちたことをつげるように薄暗い室内で一糸まとわぬ仙道は、ぼんやりと発光しているように目に映った。上から下まで視線を走らせれば、均整の取れた美しい肉体に喉が上下する。 今まで何度も思い返してきた高校二年の彼の姿態は一年ほどの間に格段に逞しさを増し、当時感じた不安定的な影は消えていた。上乗せされた筋肉が色香を放ち、より煽情的な雄の体に作り変えられている。 ――― これほどの男を今から俺が抱くのか。 歓喜と興奮が全身の血を沸騰させる。しかしこの滾りのままには決して抱いてはいけない。優先すべきは俺の情動ではないと己に言い聞かせる。 欲情に狭まっていた視野を広くせねばと牧は深呼吸をしてから面を上げた。 「……仙道?」 下唇をぐっと噛み締めている仙道の表情はまれに見る険しさを孕んでいる。まるで臨戦態勢に入っているような……? 色事にはそぐわない力の込めようを訝しく感じ、牧は薄暗がりの中で探るように目をこらした。仙道は下方にある何かを食い入るように見つめている。その視線の先を悟った瞬間、牧はほぼ屹立している己のそこを両手で押し隠した。 その動きと同時に仙道は夢から覚めたように肩を跳ね上げ視線を逸らした。 「ご、ごめん! 違くて……あ、いや、違わねぇけど……その、ちょっと驚いて」 「何がだよ。お前だって似たような感じだろうが」 羞恥を押し隠して平静を装いつつ返せば、仙道もまた指摘された箇所をバツが悪そうに両手で隠した。 「……そうじゃなくて。や、ソレも立派で驚いたけど。肌が」 「肌?」 「日焼けだったんですね」 言われて己の下腹部に目を落とせば、日焼けしていない臍下数センチから腿の上半分ほどが薄暗がりの中でやけに浮いてみえている。自分は見慣れて何も感じないが、初めて見る者にしたら滑稽に映るのかと今頃思い至り、牧は少々落胆した。 「当たり前だ。地黒な方だがれっきとした日本人だぞ」 「エロいです」 「え、えろい?」 予測にかすりもしない返答に戸惑い、鸚鵡返しのように訊き返してしまう。 開き直ったように仙道は牧の下腹部へ露骨な視線を注ぐと力強く頷いた。 「透け透けの下着を履いてるみたいで、むちゃくちゃエロいす」 牧はぽかんと口を開けて硬直した。 ─── 爆笑されるならまだしも、“透け透け下着”とはなんだ?? 理解不能過ぎて一瞬正気を疑ったが、もしかしたら滑稽な姿をあえて“エロい”と表現することで、天然の男なりに気分を害さないよう気遣ったのかもしれない。いやきっとそうに違いない……のか? 牧の混乱をよそに仙道は己の股間をさらにきつく押さえつけるように前屈みになり呟いた。 「やば……見るほどすげぇエロい。……ケツも薄い色なんだよな。うわ……拝みてぇ」 横から尻を覗き込もうとしているのか、ますます前傾になって上体を斜めに傾がせている。その目が薄暗がりの中でもギラついているのが伝わってきて、牧は顎を引いた。 「……本気だったのか」 「もともと牧さんの日焼けした肌をカッコイイと思ってましたけど。焼けてない部分との境目が絶対領域っぽくて、こんなにいやらしいなんて」 それに陽に晒されていないこの部分は俺だけに許された箇所で。そこを俺が性感帯に変えれると思うとゾクゾクする。ヤバ。俺、何か目覚めちまった気ぃする……。 紅潮した頬で語った熱い自論の後半は、いやらしいと言われたことにショックを受けた牧の耳には入ってこなかった。 こんな色黒で武骨な男を恋人にしたくらいだから悪趣味な奴だと認識してはいたが、それを助長させた己の日焼けにも複雑な気持ちになってしまう。しょっぱい気分とはこういう心境を言うのだろうか……。 片眉が跳ね上がり頬はぴくぴくと痙攣はしたが、笑われるよりはずっといいと牧は考え直した。こいつが悪趣味だからこそ付き合えていると思えば何も問題はない。……はずだ。多分。いやきっと。 「……そうか」 「はい」 語尾にハートマークを感じさせる弾んだ仙道の返答に、牧は諸々のことを腹に収めて口元を引きつらせつつも笑みを作った。 気を取り直して牧は仙道を抱きしめた。先ほどは布で隔てられていた互いの性器が相手の腹を生々しい感触と強い力で押してくる。 「すごい……熱い」 少し冷めていた体は再び発火したように燃え上がった。欲情を伝えあう行為はこんなにも赤裸々で恥ずかしくも興奮するものかと眩暈に襲われる。 心臓がもっと強く重ね合えというように鼓動を速めたところで、尻が熱いものに包まれた。なんだろうと疑問符が頭に浮かんだが、耳元に感じる荒い呼吸と長い指で尻肉を鷲捕まれる感覚ですぐに理解した。仙道が俺の尻を揉んでいるのだと。 「たまんねぇ……最高……」 たっぷりと色気を含んだ満足げな囁きを耳にして牧は胸中で激しく問うた。 ─── 俺か!? まさか俺なんかに入れたいのかお前は!? もにもにと揉んでくる指の動き。耳のすぐそばから聞こえるやむことのない荒い呼吸。牧は金縛りにあったように動けなくなり、思考だけをぐるぐると大回転させる。 確かに俺は覚悟を決めて挑んだ。けれどそれはできうる限り優しく抱いて無理は絶対にさせないというものであって。俺を組み敷こうと思うわけがないと、端から考えもしなかったんだ。お前、俺の高校時代のあだ名が“帝王”とか“ジイ”だったのを覚えてるだろ? 怖いおっさん的な印象を周囲に与えるような俺をだよ。こんなに可愛いくせに抱こうなんざ、悪趣味にもほどがある。なんて大胆不敵……いや恐れ知らずな奴だというべきか。……え。てことはだよ。お前の望みを叶えてやるということは、俺は自分のケツを心配しなきゃならないってことか? えええええ───?? 牧の額に嫌な汗が伝ったところで、仙道は手を離して微笑んだ。そうして牧の手をとると己の尻に導いて、そっと囁いた。 「牧さんもどうぞ?」 照れたように眉を顰められ、牧は混乱した頭ながらも仙道の双丘に添えられた自分の手をそろそろと上下に動かした。適度な脂肪をまとった大臀筋に少し強めに指を這わせば、返ってくる弾力に萎えかけていた情欲がまたぞろ沸き上がってくる。 牧はまたも胸中で問うた。 ─── やっぱりお前か? お前に俺が入れていいってことなんだよな!? 撫で、揉んでいくうちに心は落ち着きを取り戻す。しっかりとした筋肉と脂肪の感触を堪能していくうちに興奮が高まる。 そうか、俺が先に触ってやらなかったから仙道は自分で手本を先に示したのか。気遣わせてすまなかった。だがもう大丈夫だ、俺は腹をくくっている。何事にも初めてはある。俺の精一杯の誠意と熱意と愛情でお前を抱……? 心身共にその気になっていたところへ水を差すように、再び仙道の手指が牧の尻に触れてきた。しかも先ほどよりも淫らな動きで揉みしだかれる。尻の狭間に指先をそっと押し込んできたりと際どいことまでされて、その度に牧は危険を感じ大殿筋をぎゅっと引き締めた。するとなだめるようにまた双丘を優しく撫でる動きに戻る。そんな攻防(?)が数度繰り返された。 ─── わからん。本当にもうわからん。お前はいったいどちらを望んでいるんだ……。 混乱をより一層深めながらも、互いの腹の間で雄同士が時折触れ合う強い刺激も手伝い、牧は快感に身を震わせた。 『……いいすか?』と仙道が音を伴わない囁きを耳に吹き込んでくる。 何をしたくて、それともして欲しくて許可を求めているのかを言葉にして欲しい。しかしはっきり言えというには野暮なことだけはわかる。望みを叶えたい気持ちは本当だ。だからもうお前が決めてくれと捨て鉢に頷く。 仙道は密着していた身体を離し微笑みを浮かべると、二つの雄をそっと掴んで先端を重ね合わせた。 * * * * * 深い吐息を零した仙道は両手を後ろに着いてもう一度、今度は天井に息を吐いた。 牧が手指をぬぐったティッシュを少し離れているゴミ箱へ投げ入れると「ナイッシュ」と仙道が紅潮した頬を緩ませる。 言葉で伝えてこなくとも満足しているのが強く伝わってくる。牧としても心身共に深い喜びと快楽を得た。十分過ぎるほどに満ち足りた。 けれど。性器を重ね合わせて扱きあうだけで、挿入を伴わずに終えたことを仙道がどう思っているのか気にかかる。もっといえば、俺の尻へのあの執着はなんだったのかと拍子抜けした感が拭えない。入れられたいわけじゃない。しかし本当にこいつの欲望を全て叶えてやれたのか確信がもてなくてすっきりしないのだ。 黒烏龍に水を注ぎ足している横顔に牧は問うた。 「……いいのか?」 「何が?」 何がと返されて答えあぐねると、仙道はいたずらっぽく微笑んだ。 通じている。理解しながらはぐらかす小憎たらしさすら、肌を合わせたせいかはしらんがぐっとくるのだからやっかいだ。 「確かに一回じゃ足りないんで。ここで味わってみたいし、味わってもらいたいかな」 仙道は自分の唇を指差してから牧へ腕を伸ばしてきた。下唇を親指で僅かに押し下げて瞳を覗き込んでくる。牧が親指の先端を唇で食めば人差し指まで口腔に入れて舌を緩く摘まんだ。 「あんたとやりたいコト、沢山ある。けど、欲張って焦んないよ」 指先で丹念に上顎を擦られ、その刺激で背筋が震えた。 「十年、二十年、それよりもっと。俺たちには時間があるからね」 眼差しの強さに圧倒される。あの日零した情けない懇願をまだ覚えていたことを知らされて、胸の奥まで歓喜で打ち震える。 ぞくぞくとしたあやうい感覚を牧の口腔内に残し、指はするりと引き抜かれた。 「……ゆっくりいきましょうや」 濡れた指を意味深にべろりと舐めあげてみせつける男に悔しいほどそそられる。 「随分と格好つけてくれやがる」 牧は仙道の手首を強く掴んで引き寄せると濡れた唇で噛みついた。 * * * * * カーテンの隙間から射す強い光に起こされた。 狭いベッドのふちギリギリにいた我が身に一瞬ひやりとしたが、腰にがっちりとまわされている長い腕に気付いて笑みが漏れる。 「……ここではお前がシートベルトか」 小声に反応した仙道が長い睫毛を瞬かせた。 「おはよ……」 「おはよう」 寝起きのぼんやりとした顔で見つめてくる仙道は可愛い。 額に乱れて降りている髪をかきあげてやると、うっとりと目を細めた。 「……すっげぇよく寝た……。牧さんと一緒だからだ」 どういう意味かはわからないが、悪い気はしない。 牧は応えずに前髪を後ろへ流すように手で梳いてやる。のんびりとあくびをした仙道はふにゃりと無防備な笑みを浮かべた。 「もう少し寝るか?」 「眠気はもう……。けど、あとちょっとだけ」 仙道はまた布団に潜ると牧の腕を引いて引き寄せ、胸元に鼻先をこすりつけてきた。 牧はその背を抱きしめるように回した。くすぐったそうに腕の中で笑う仙道も可愛い。可愛い仙道も好きだが、昨夜のように格好良い仙道も好きだ。からかわれてすねるのも、悪趣味全開で驚かせてくるのも、俺を喜ばせようとするのも。どんなお前だって、 「好きだよ」 「俺も今、それを言おうとしてました」 曇りのない笑みを浮かべる頬に牧は柔らかく目を細めてキスをした。 * end * |
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実際、後ろを使わないセ〇クス(ハニーセッ〇スというそうな)のゲイカップルも多いそうです。 |