特別を君に


ロッカー室入口の壁にかかっているカレンダーを見ながら赤木が溜息をついた。
備品を室内最奥の棚へしまっている牧の背まで届くほどの大きな溜息は、これで何回目だろうか。最後の冊子の束を棚の奥へ突っ込むと、牧はパイプ椅子に座っている赤木に声をかけた。
「何をここ数日悩んでるんだ? 高口さんのことか?」
「な」
驚いた顔を向けられて、牧は仙道の言ってたことがビンゴであったことを知る。
「受付の高口さんのことが気になってんだろ? 飯でも誘ってみればいいじゃないか」
「なんで決めつけてるんだ、どうして突然高口さんの名前が出てくるんだ」
「隠すな隠すな。お前の考えることが俺達に分からないわけがないだろ。うっとうしいから吐け」
“俺達”とは言うまでもなく仙道と魚住を含めてだ。
先日四人で飲んだ時には既に赤木の様子はおかしかった。帰り道に仙道が牧へ、『赤木さん、恋してるんすねぇ。相手は受付の高口さんかな? それとも菊地さんすかねぇ』と小声で伝えた。牧は赤木と同じ課だ。数日赤木を注視していれば、仙道の言ったどちらかなどすぐに見当がついた。
しばらくは恥ずかしさから唸っていた赤木であったが、「恋愛相談相手に俺は向いてないから、仙道に頼んでやろうか?」と牧に言われると、慌てたように話しはじめた。


*  *  *  *  *


牧の部屋のソファは二人掛け用である。一人暮らしなので一人で使うには丁度いい。部屋を広く使うことを重視して選んだそれは牧のお気に入りで、長く愛用している。ただ客が来ると硬めのクッションを出さなくてはいけないことだけが難点だった。
遊びに来る奴らのほとんどはバスケット仲間なため、どいつもこいつも自分を含めて体が大きい。並んで腰かけると密着し窮屈なため、運の良い一人以外はクッションを渡され強制的に床へ座らされる。

「やっぱり高口さんの方だったか〜。ああいう一見地味目な女史って、喋ると面白かったりするもんね」
やって来るなり我が物顔でソファに腰かけた仙道は、昨夜電話で話していた話を蒸し返した。
来訪者の中でただ一人、クローゼットからクッションを出す必要のない御仁へコーヒーを淹れながら、牧が呟いた。
「……地味か? 俺には高口さんも菊地さんも同じように見えるが」
「あんたには男女、皆同じに見えてていいんですよ。節穴上等!」
「失礼だな、節穴というほどじゃないぞ。俺はただ女性の化粧の違いが分からんだけだ」
牧の両手のマグカップを仙道は取り上げるとテーブル上に置いた。そして隣に座れとばかりに腰を少しずらしてくる。牧ももう赤くならずに隣に座ることが出来るようになってはいるが、それでも照れくささに動作が少し荒くなってしまう。
ドサリと腰かけるといつものように仙道が牧の肩へ腕をまわして引き寄せる。これが定位置になってしまう関係が自分の身に起こるなんてと、牧は体重を僅かに預けながら、またも繰り返される幸福感にむずむずした。

まだ少し座りの悪い牧に仙道はくすりと笑い、更に深く抱き寄せ密着した。
「あんたは俺だけ特別に見えてりゃじゅーぶんなの」
「そんなのは昔からだ。フォローになってないぞ」
「………ホント、あんたにゃかないませんよ」
「何が?」
「いーえ、なんでも。それよかさっきの話しに戻るけど。赤木さん、実はけっこう自信家なんすね」
「ああ、だよな〜。俺も驚いたよ。まさか彼女の方が赤木に気があって、それに気付いて困ってるだなんて。思い込みの激しいところがある奴だとは思っていたが、まさかそこまでとは」
軽く肩を竦めた牧を見ながら仙道は口を開けた。
(いもしない浮気相手に負けることまで想像して胃に穴をあけたくせに、思い込みの激しさはあんたの方が上だよ……)と、喉元まで出かかった言葉を仙道はコーヒーで押し戻す。
「赤木さんの推測が正しいかどうかは、もうすぐわかりますね」
「何で?」
「だって来週バレンタインデーがあるでしょ。好きならチョコ渡してきそうじゃないすか」
赤木はカレンダーを見て溜息をついていた。それを見ていたくせに、全くそこまで考えが至らなかった。そのため牧は仙道へそんなことまで話してはない。
至近距離にある仙道の優しく整った顔を牧はまじまじと見上げた。
「……お前、頭いいなぁ」
「や、んな感心されるほどのこっちゃねーすよ」
「いや、凄いよ。…隠していた俺の恋心もお前は見破っていたし」
(あれはあんたが酔っぱらって暴露したからなんだけど……)と。やはりこれまた言えない真実を仙道はコーヒーで流し込んだ。

あまりに恋愛事に敏いと思われても困るため、仙道は少々話を逸らした。
「牧さんはチョコレート好きですよね。やっぱバレンタインは楽しみ?」
「いや全然。手紙の類は読んで励まされもするが、チョコを食うわけでなし」
お互いスター選手であるため、毎年全国から会社には文字通り山ほどチョコレートが届く。とはいえ安全面への配慮からチョコレートは全て施設などへ寄付としてまわされてしまう。同梱された手紙やカード類は開封されて問題がないものだけ、後日まとめて選手へ渡される。その時にチョコの数を教えてくれたりくれなかったりという具合だった。
「ホントっすよね、学生の頃は何個か自分でも食ったりしたけど、今じゃ全然食うことないもん。けど……」
意味深な視線をうけ、牧は首を傾げた。
「今年からは牧さんから貰えると思うと楽しみだな〜って」
「俺から? それは変じゃないか? 女が男にやる日だろ」
「そうだけど。赤木さんの話し聞いてたら、俺も好きな人からなら欲しいなって思ったんすよ。そしたら今年からは俺にもいるじゃない、とびきり可愛い恋人が」
指をさされて牧は目を丸くした。
「やっぱ好きな子からのは特別だもん。ねぇねぇ、牧さん。俺にバレンタインにチョコレート下さいよ」
牧は口元を歪めた。恥ずかしいやら困るやらで、どんな顔をしていいかわからない。
「もちろん俺も牧さんにあげるよ。牧さんだって好きな子からもらったら嬉しいよね?」
「……“子”って年かよ」
「んな妙なトコこだわらんで下さいよ。あんただって俺からチョコ欲しいでしょ?」
耳元にそっと仙道が、『大好きな子からもらうチョコ、あんたも食ってみたいよね?』と声のない吐息で囁やく。首を竦めた牧の頬がほんのりと染まった。
「………みたい」
「でしょ。よし、決まり。来週の金曜がバレンタインだから、次の土曜がいっすね。俺ん家で交換しましょう」
あまりに楽しそうな仙道に押されて、牧は曖昧に頷いた。


*  *  *  *  *


仙道の部屋はいつ来ても雑然としている。そのくせ不思議と全ての物が部屋になじんでいる。部屋にあるソファは牧の家の物とは対照的に大きな三人掛けだ。ベッドもあるのだし独り暮らしでこんなに大きなサイズは必要ない気が最初はしたけれど、こうして頻繁に遊びに来るようになってからは、牧もいいものだと思うようになっていた。ベッドとソファは大きいけれど、それ以外の家具が少ない上にどれも小さいから部屋も狭く感じさせない。どこにでも売っているような家具なのに、どこかセンスの良さを感じさせるのは……欲目だろうか。

いつものように真ん中へ腰かけると、牧は出されたコーヒーを一口飲んだ。僅かに目を瞠る。
コーヒーにはいつもスプーン一杯分の砂糖、もしくはミルク。考えてみれば仙道の家にきて何も入っていないブラックコーヒーを出されたのは初めてだった。そこで今更ながらに、牧の好みを最初から知っていた仙道に驚いた。
紙袋を持って隣に腰かけてきた仙道に牧はマグカップを軽くあげて乞うた。
「すまんが、砂糖かミルクのどちらかをもらえないか」
「今日はどっちもナシ。や、両方あるけど、あえて入れなかったんだ。せっかくだから今日はチョコレートを一緒に食べながら飲みませんか」
ウィンクをされて、牧は返事の替わりに床へ置いていたビニール袋を引っ張りあげた。

互いの手には交換しあったチョコレートの箱。しかし互いに開けるのを躊躇っていた。否、正確にはあまりにどちらも想像していなかった物をもらって戸惑っていたのだ。
「……仙道、あの。違うんだ、ええと」
「いや、嬉しっすよ。俺、板チョコでは明治が一番好きだから」
仙道の手には薄い段ボールに包まれた板チョコ10箱入りにプラス一枚増量という、素っ気ない透明ビニールで梱包されたものがあった。どこからどう見ても“お徳用”。手作りチョコの材料にどうぞ的なものだ。
「そ、そうだろ! 俺もさ、明治の板チョコが一番好きなんだ!」
「美味いっすよね。ありがとうございます」
仙道に微笑まれて、牧はがっくりと肩を落とした。
「礼なんて言わんでくれ……。俺こそ……俺ですら知ってるぞ。ゴディバって相当な高級品だろ? いつだったか長原が一粒200円以上するだかなんだか騒いでた気が……」
牧の手には見るからに高級そうなゴールドの化粧箱。そこには金色の浮き彫り文字と模様が品よく配されている。箱のサイズから相当な値段がしそうで、牧の背中には冷たい汗がつたった。
「俺も全然チョコのブランドなんてわかんなくて。山城さんに本命チョコで有名なのって何か教えてもらって選んだだけなんだ。だから気にしないで」
「……俺の渡したチョコなんて、これの箱代にしかならんような」
「んなこたないでしょう。つか、値段なんてどーだっていーじゃないすか。俺はマジ嬉しいよ、あんたが一番好きなチョコ贈ってくれたんだから」

牧はGODIVAの文字も眩しい大きな箱をそっとテーブルの上に置いて項垂れた。
「少し……昔話をしてもいいかな。子供の頃の」
仙道の瞳に映る牧の頬はほんのりと赤い。子供の頃のことを自分から聞かせてくれるのは初めてな気がする。気恥ずかしそうな顔で、でも話そうとしてくれるのが嬉しい。
前置きを口にした牧は、少しだけ仙道の視線から逃れるように俯いたまま話しだした。


*  *  *  *  *


牧が幼稚園の頃、妹の里穂が病気で入院した。当時共働きだった両親は仕事と里穂の見舞いに忙しく、牧の面倒をみる余裕がなかった。園が夏休みに入り、牧は親の実家へ預けられた。そこは田舎で、人や家よりも家畜や牛舎などが多く、何もないところだった。都会っ子だった牧は溢れる自然の中で楽しく遊んだ。それに婆様は大らかで楽しい人で、爺様は無口だけれど優しかった。概ね不満はなかったけれど、それでも全くないわけではなかった。

田舎に来て一週間目くらいだっただろうか。本日のおやつである冷えたキュウリを手に、遠くにいる親子の牛を眺めているうちに紳一の目から涙が零れた。
『ねぇバアちゃん。母ちゃんはいつむかえにくるの?』
『……さぁねぇ。退院の目処がたたないことにはねぇ』
『“たいいんのめど”ってなあに?』
『里穂ちゃんの病気がそろそろ治りますよ、ってお医者様がいうことだよ。あら、なんだい紳一。早く食べないとおやつがぬるくなっちまうよ』
『……おやつ、甘くないんだもの』
『さつま芋をふかしてやろうか、それとも団子にして焼いてやろか? スイカの方がいいかい?』
『ぼく……チョコレートとかキャラメルコーンとかが食べたい』
『でも母ちゃんに言われてるんだろ、虫歯になるからダメだって。それにウチにはそういうお菓子はないんだよ。爺さんもそういうのは食べんしねぇ』
『……』

その夜。爺様が紳一を部屋へ呼んだ。
『婆には内緒だぞ。いい子で待ってる紳一にご褒美だ』
爺様は焦げ茶色に金色の英字が浮かぶ紙を開いて薄い銀色の板をパキッと折った。銀色の包みを丁寧に開くと、牧の小さな掌に三欠片のチョコレートをのせた。大好きな甘い香りが鼻腔をくすぐる。それでも食べていいのか不安で見上げれば、爺様の優しい微笑みがあった。
『これから父ちゃん母ちゃんが迎えに来るまで、いい子にしてたと自分で思えた日の夜には爺の部屋さ来い。婆にも親にも内緒だかんな。もちろん里穂ちゃんにもだ。さぁ、食ったら歯ぁよーく磨いて寝んだぞ』
昼間の話を婆様から聞いていたのだろう。そして多分、爺様は町に一軒だけあるスーパーまで行って買ってきてくれたのだ。
紳一は頷くと、薄い板一列分のチョコをゆっくりと味わって食べた。

五日かけてチョコがなくなると、紳一は焦げ茶色の包み紙をもらって畳むと自分のリュックサックへしまった。
包み紙が増えるのと同じスピードで夏休みが減っていく。それは家族と会えない日を我慢した日数でもあった。

婆様が不在のとある日、爺様がスーパーへ紳一を連れて行ってくれた。
久しぶりに見たスーパーのお菓子売り場は紳一の住む街のものよりもずっと小さかった。それでも久しぶりに目にしたスナック菓子の袋やチョコ菓子のパッケージに胸は躍った。爺様は好きな物を買っていいといってくれた。嬉しくて狭い売り場で紳一は大いに迷った。ポテトチップスも食べたい。アポロチョコも大好きだ。ブドウ味のフーセンガムは楽しい。
散々迷いに迷った末に。紳一は爺様に焦げ茶色の包み紙にくるまれたいつもの明治の板チョコレートを一枚手渡した。
『これはジイちゃんとバアちゃんで食べて。ぼくは毎晩、ジイちゃんからもらうから、いらない』
爺様は驚いた顔はしたが、何も聞かずにただ紳一の頭に手をのせてぐしゃぐしゃと頭を撫でてくれた。

包み紙が六枚になった日。川で遊んで帰って来た紳一に、“たいいんのめど”がたったと母ちゃんから電話が来たよと婆様が涙ぐみながら教えてくれた。
その夜、爺様は紳一へ手つかずの板チョコを二つ手渡して言った。
『よく我慢した。いい子の紳一に爺と婆からだ。家で食べなさい。でもいっぺんに食べんでないよ』
見上げた爺様は笑顔だったけれど、真っ赤な目をしていた。


*  *  *  *  *


「それ以来、このチョコレートが一番好きなんだ」
「……特別だったんですね」
「うん。だから……チョコをお前に贈ると考えた時、これしか思いつかなかった。ただ売り場にいったらこのお徳用パックがあったんで、一枚より多い方が嬉しいだろうと思って選んだ。ごめんな、考えなしで…バレンタインチョコってそういうもんじゃないよな…」
牧はふわりと仙道の長い腕に包まれた。
「一番好きな特別なものを俺に選んでくれたんだ。謝る必要なんて全くないよ。俺と同じだもん」
「同じなわけないだろ、お前のは立派な高級チョコレートじゃないか」
「俺ん家は全部大人の歯に変わるまで、駄菓子系のものは週に一つしか買ってもらえなかった。毎日のおやつは野菜ジュースのゼリーやヨーグルトとか体にいいものばっかでね。いっぺんに沢山、色んな菓子を食ってみたいと思ってた。その名残で、今でもチョコでもクッキーでもなんでも、色々な味の詰め合わせがお得に思えて好きなんすよ」
開けてみて、と促されて牧は品の良い赤いリボンをほどいて箱を開けた。
中には美しい様々な形をしたチョコレートが綺麗な薄紙の上に一つ一つ鎮座していた。
「これを選んだのも、一番種類が多く入っていたから。ね、同じでしょ。俺も自分が一番好きなのをあんたに選んだだけなんだよ」

仙道は腕を解いて座り直すと、ひときわ目立つ白いハート型のチョコレートをつまんだ。
「“あーん”して」
「いや、それはちょっと……」
苦笑いしながら牧は仙道の指からチョコを受け取ると、半分に齧り割った。残りを仙道へ差し出す。
「歯型ついたかな…。嫌じゃなければお前」
言い終える間もなく仙道は牧の指先から奪って口に入れた。
「牧さん頭いい。こうやったら二人とも20回、違う味を楽しめる。あ、そうだ」
仙道はパウチのビニールをむいて、一箱だけ別になっていた一枚を取りだした。二列折ると、牧へ一列渡し、自分に一列取り置いて残りはまた銀紙で包み紙にくるんだ。
「せっかくだから牧さんからのも一緒に食べよう。こっちは会う度に二人で二列消費ってことでどう? 食い過ぎないし、甘い物が毎回あるなんて楽しみがあっていいよね?」
「それ、11箱あるんだぞ…?」
「これから先、27回くらい楽勝で会うでしょ。半分は牧さん家の冷蔵庫に入れておこうよ。それならどっちの家で会っても食える」
外で会うだけの日はどうしようかなぁ…と考え込む仙道を、「……割り切れないで半端な分が出るから。それをお前が食ったらいい」と、今度は牧がそっと抱きしめた。


掌の上にある板チョコレートの欠片を口に運んだ仙道が嬉しそうに微笑む。
「こんなに大事に食うの、考えてみたら初めてかも。…なんか特別感があって、特別美味い気がする」
牧もまた頬笑みながら、箱から一つチョコレートをつまんで歯で割った。仙道が「あーん」と言いながら口を開ける。
「雛鳥みたいだな」
照れながらも仙道へ食べさせると、牧も口の中のチョコレートをゆっくりと味わう。
「高級なのはわかるが……なんのリキュールが入ってるかまではわからん」
箱に入っていた一粒一粒のチョコレートの説明書を手にしようとしたが、仙道はそれをひょいと奪って放り投げた。
「んーなの何だっていーよ、美味けりゃ。来年も牧さんからはガーナを。俺からはアソートを贈り合って、こうやって二人で食べたいな」
「俺だけ随分安上がりだ。その代り、今夜はちょっと高級な飯でも食いにいこうか。俺に奢らせてくれ」
「飯食いに行くのはいーけど、別に俺、財布淋しくないすよ今」
「お前はアソート、俺はガーナと飯。それでいいなら、来年も……同じように過ごそう」
今度は牧が仙道の耳元へ音のない声で続きを囁く─── 『毎年最低でも27回は会える約束をさせてくれ』と。


照れ隠しで交わしあうキスはとびきり熱く、チョコレートよりも甘かった。
冷めてしまったブラックコーヒーが美味く感じるほどに。


*  *  *  *  *


週明け、職場で見た赤木は大層機嫌が悪かった。結果は聞かない方が賢明だと、あえて話題に触れなかったのに。帰宅の準備をしていた牧と仙道は赤木につかまってしまった。

「どうしてあんなボス猿に俺が渡してやらなきゃならんのだ!」
「“ボス猿”?」
「魚住に決まっとろーが、この天然ボケ! お前らがあいつに渡してこい!」
「なんすかこれ、まさか赤木さんが魚住さんに」
「仙道〜…お前はどうやら俺の鉄拳をお見舞いされたいようだな」

詳しく事情を語りたがらない赤木の不機嫌なぶつ切れ会話を繋げて推測してみる。
去年の忘年会の二次会で1/3の面子が魚住の居酒屋へ流れた。その中に高口さんもいた。彼女はカウンター席に座って何度か魚住と話をしたことや、繊細な料理の味に惚れこんだことで好感を持ったらしい。その後も友達と何度か店へ足を運ぶうちに、もっと親しくなってみたいと思ったそうだ。
魚住の店へ頻繁に通っている赤木を彼女は魚住の親友だと思いこみ、きっかけ作りのチョコレートを魚住へ渡してくれと金曜の夕方赤木に頼んだ、ということらしい。赤木は受け取ってしまったけれど渡す気にはなれず。かといって捨てるわけにもいかないため、牧と仙道に渡させようと考え付いたようだ。

可愛いラッピングの箱を赤木は心底嫌そうに牧へ押し付けた。
「朝から二人して目が合う度に目尻下げて、幸せっぷりを見せつけやがるお前らにも腹が立ってんだ俺は。いいか、渡す時に魚住には余計なことは一切話すなよ!」
荒々しい足音で去って行く赤木を、牧と仙道は少々赤い顔で見送った。

「……どうやら赤木さんより魚住さんの方に一足早く春が来そうだね」
「そのようだな……」















*end*




仙道のは『ゴールドコレクション20粒入バレンタインリボン5,250円』。牧のはお徳用パック840円。
でも後で牧は仙道をふぐ料理専門店へ連れて行ったので、牧の方が高あがりなんですよん♪

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