あ |
Not bad at all.
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あ |
イルミネーションの華やかな光や赤や緑に塗られた様々なモチーフが賑わう街から逃げるように、仙道は背を丸めて歩幅を大きくとり続ける。 同棲して三年近くもなると、相手の好みや使う物は自然とわかってくる。そのまた逆も然りってなもんで。 「絶対これは喜ばれないともわかんだよ……」 喜ばれないどころか、困らせてしまう品をわざわざ買ってしまったのは。相手のためではなく自分のためだ。こんな独りよがりなものを、なんといって渡せばいいのだろう。 「ごめん……牧さん」 まだ家に帰り着いてもいないどころか、駅にすら辿り着けていないのに。受け取り主の困り顔が、紺色と薄紫色が混ざり合う夜空に浮かんでしまって、店を出てから二度目の言葉がまた白いため息と一緒に零れた。 * * * * * * 「おかえり。寒かっただろ」と玄関の鍵を開けてくれた牧の顔を見るなり、「うん。それであったかそうだったからつい衝動買いしちゃった。もらって」と手提げの紙袋を押し付けた仙道は、顔を伏せるように靴を脱ぎながら続ける。 「クリスマスプレゼントじゃないから。最近寒いからさ、どうかなってだけだから。あ、ただいま」 「ありがとう……」 明らかに戸惑っている牧を仙道は立ち上がりざま長い両腕でぎゅっとプレゼントごと抱きしめると、そのままドタドタと居間へ牧を引っ張っていった。 「もう開けて。んで、着てみて?」 「なんでそんなに必死なんだ? ……あ。さてはまた変な服買ってきやがったな」 「変じゃないよ。どこでも売ってるよ。メンズも今年はサイズ豊富になってたんだ」 訝しそうに仙道を一瞥したものの、牧は黙って袋を縛る青色のリボンを解いて取り出した。 白いふわもこファーのリラックスウェアは光の加減で、ほんの少し薄紫っぽくも見える。牧は何度か手で撫でたのち、ボタンをひとつ外して内側も触ってから顔を上げた。 「確かにこういった上着はよくみかける。凄いな、内側までふわっふわだ」 想像よりは困っても嫌がってもいない表情に、仙道は胸をなでおろしてやっと笑みを浮かべた。 「でしょ! いいでしょ、あったかそーで。ガンガン着倒しちゃって!」 「いや、これはお前が着たらいい。俺は暑がりだから、この手のは必要ない」 やっぱり想像通りの返答をされてしまい、仙道は慌てる。 「あんたに着てほしくて買ったのに、そりゃないよ〜。たまーにでいいから家着にして? お願いっ」 パンッと両手を眼前で合わせられると、流石に受け取らずにはいられなかったようだ。 「わかった……ありがとう……」 正直な彼の声音は、顔を見なくても表情や心情を雄弁に伝えてくる。だけど今更どうしようもない。 「お礼なんて言わないでいーから。あ、こないだもらったクッキー食べよっかな。俺、熱いコーヒーいれよー。牧さんも飲むよね?」 「うん」 「お湯わかそーっと」 仙道は牧の顔を見ないまま、急いでキッチンへ引っ込んだ。 * * * * * * 休日の朝は牧より早く起きることがほとんどない仙道は、今朝もリビングへ「おはよー」と寝ぼけ顔でのっそりと足を踏み入れた。 「おはよう。今朝はパン焼くか? それともご飯レンチンするか?」 ソファから立ち上がり振り向いた恋人の姿を目にしたとたん、仙道の眠気は彼方へ吹っ飛ばされた。 柔らかな栗色の髪や健康的な褐色の肌に、昨夜押し付けた真っ白でふわふわな上着が素晴らしく映えている。朝の白っぽい光がまた、艶のある髪や頬や高い鼻梁を煌めかせ、白い化繊のファーをまるで上質な毛皮のように輝かせている。全体的にキラキラと照らしだされたその立ち姿は、白い毛皮をまとった異国の神獣のような神々しさを醸していた。 「おかずは目玉焼きと昨夜の残りのポトフだから、パンでも白飯でも」 「……ここまでとは想像もしなかった……やっぱ買って大正解。昨日の俺、グッジョブ」 「は?」 「すっげー似合ってる。着る人が上質だから、とんでもなく高級に見えるよ」 「まだ寝ぼけてんのか……。顔洗ってこいよ。白飯レンチンしとくから」 呆れて相手にしてくれない彼へ、そろそろと手を伸ばす。自分の腕がベランダの窓から差す光の帯に入って、白っぽく浮き上がって見える。神域に踏み入ってしまったような厳かな気持ちになってしまう。 「あの……抱きしめても、いいかな?」 聞かれた牧は何をわざわざと言いたげに眉根を少し寄せたが、両手を広げて返事より先に抱きしめてくれた。もふりとした柔らかい感触のあとに、逞しい筋肉の弾力と腕の力強さが仙道の体をしっかりと包む。薄いパジャマは彼の腕のぬくもりもすぐに通す。 目の前の真っ白でふわふわの肩へ鼻先をそっと埋めると、肌触りで選んだだけはある滑らかなファーのような化繊は残念ながらまだ新品の衣料らしいそっけなさだ。けれど仙道の頬を十分な優しさでうけとめてくれる。 顎や頬を更に押し付ければ、しっかりと支えてくれる彼の肩の力強さに安心感を。背中をポンポンと優しく叩いてくれる彼の大きな手には、深い慈愛を感じさせてもらえるものだから。つい自分が小さく頼りない小動物になって守られているような、不思議な多幸感に心まで包まれる……。 「このまま一生、こうしていたい……」 本音を甘く囁き、逞しい筋肉が覆う背中を隠す滑らかな毛並みにそって、愛を込めてゆっくりと撫でた仙道だったが。 「朝から変だし随分と甘えただな。ほら、さっさと顔洗ってこい。飯にするぞ、飯に」 あっさりと体ごと突き放されてしまい仙道は急に焦り、つれないその背にすがりついた。 「それさ、外で着ないで? 拉致られるから、家に俺しかいないときだけ着て?」 「こんなふわふわテロテロしたの外に着ていけるものじゃないだろ。でもそのラチられるってのは何だ?」 「あまりに神々しいから……美しい神獣って捕まえられて隔離させられちゃうじゃん。だから俺がいる時だけの、家専用着にしてって言ってんの」 「寝る前に変なもん食ったのかお前……」 「約束してくれるまで離さない。これほどの美人が美人格上げアイテム着てるとか、天女に羽衣状態は危険過ぎ」 「美人って……百歩譲っても男に使う言葉じゃないと何度言えばお前は」 早く約束してとせかす気持ちで腕に力を込めると、牧は深いため息を吐いた。 「頼まれたってこんな家着で外に出ない。まったくお前の欲目は年々重症化……いや変態化してて、俺は心配だ」 牧はうんざりした顔で仙道を背中にはりつけたまま洗面所へ向かうと、扉を開き仙道を荒々しく引き剥がして「しっかり目を覚ませ」と押し込んだ。 朝食を終える頃には、空は雨を含んだ重たそうな暗雲にすっかり覆われてしまった。 降り注いでいた朝日が消えてようやく、発光がおさまり落ち着いた感じに戻ってくれた恋人に、仙道はやっと人心地つくことができた。 (うん。やっぱ店頭でみた服と同じだ。間違って誰かが買った高級ファーと取り違えてたとかじゃなかった。良かった。……良かった、けど) 神々しさが失われた代わりに、蛍光灯の下でくつろぐ様子はもふもふ感が強調されて、やたらに可愛く映る。 家でリラックスしている彼はいい具合に力が抜けてゆるんでいる。そのせいもあって、ふわモコでくたっとした上着が彼全体をも柔らかく演出し、そこにちょっと丈の長い裾がゆるさというキュートさを増幅させている。 (ヤベーな。可愛すぎる。こりゃ朝と違う意味で誘拐されて、イケナイことされそうで心配だ。本人の自覚がない以上、世の変態どもから俺が守らなきゃなんなんねー) 少し離れた位置から仙道は鼻の下を伸ばして、携帯を見るふりで恋人を眺め堪能した。 ただれた頭にふと冷静な疑問が過ぎり、仙道は電源の入っていない携帯をテーブルへ戻した。 筋肉が多い牧さんの体は体温が俺よりも高く、暑がりなので冬でもタートルネックのセーターなど滅多に着ない。フワモコ系などは好みの関係もあるだろうが一着も持ってすらいなかった(俺もだけど)。実際、昨夜は『この手のは必要ない』とはっきり断っていた。 だから今朝着てくれたのは受け取った手前、俺を気遣ってくれてのことだろう。なのに朝からずっと着たままでいるのは、あまりにサービス精神旺盛。何故ここまでしてくれるのかと気になってしまう。 「……あのさ。もしかしてその上着、気に入ってくれたの?」 「まあまあかな。軽くて肌触りがいい」 あまり聞くと脱いでしまいそうで避けたいが、やっぱり一番の疑問の答えが知りたくて仙道はまたも尋ねる。 「えっとさ。……暑くはないの?」 「中は着てないから平気だ」 さらりと返された一言で、仙道の脳内は一瞬にしてピンク色に染まった。 「ど、どうした?」 驚きと少々の怖じ気が混じった問いを至近距離でうけて、自分が今まさに襲いかかろうとしていることに仙道は気づかされた。己の左手はすでに彼の胸を鷲掴んでいることも。 (ヤバ。欲望のまま体が動いてた。早く避けて謝んなきゃ。ああでもムリ、ごめん!) ふわっふわのうさぎの毛のような感触の下にある、生々しい体温とむっちりとした胸筋。そして手のひらにあたる乳首の小さな粒の存在が、俺の全身の血を沸騰させる。 「ヤらせて下さい。今すぐ」 「今すぐってそんな。なんで急にスイッチはいって」 続く言葉を仙道は唇で塞いだ。言いたいことはわかってる。準備をしてないとか夜まで待てとか。せめてベッドに行こうだとか、そんな正論にいちいち付き合ってられるほど冷静さが残っていたらいきなり意識飛ばして襲わねーって! |
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二人が裸足なのは床暖が入っているから。タイトル訳は「悪くはない」です。
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