冷たい唇 〜Be my Valentine 〜



 二月最後の祝日の午後。やっと五……いや六回目のデートに漕ぎつけられた俺は浮足立っている。寒風でセットが崩れかけても気にならないほどに。
 SNSや電話はよくしあっているけど、直接二人きりで会える喜びはそれほど格別だ。最後に会えたのが去年の十一月末頃だったから、自分でもよくガマンしてる。……させられてる、かもだけど。相手が他校生で一学年上で、かつ部活で忙しい(俺もだけど)牧さんだからこれほどに会えない。それでも付き合えてることが嬉しいだなんて。
 全部が初めてで、いちいち全部が苦にならないとか。これが恋というのなら、俺の初恋は牧さんなんだろうな。


「本当にこんなとこで良かったのか? 映画だって何だってかまわないんだぞ?」
 誰も歩いていない寂れた公園(公園跡地?)で、振り向いた愛しい恋人は凛々しい眉を僅かに下げている。
「いーんだって。映画もプラネタリウムもカラオケも、全部今までのデートで一通りやったじゃん」
「一通りって……。普通は何度も繰り返すもんじゃないのか?」
「牧さんがそーいうのが好きなら、ね」
「まだ根に持ってんのか」
 プラネタリウムや映画の途中で牧さんは寝てしまったので、どちらの上映も興味がなかった俺はずっと彼の寝顔を楽しめて大満足だったのだが。寝てしまった本人としては謝ってもまだ苦い思い出として残ってしまったようだ。カラオケでは『何を歌えばいいかわからん……』と牧さんは、俺が三曲くらい歌う間にやっと一曲選んで歌うという。そんな割合だったのも、もしかしたら気にしていたのだろうか。
「まっさかー。何度も言ってるけど、俺は本当に楽しかったよ? 映画やプラネタリウムの途中で一度も寝たことない奴なんていないって。それにほら、俺なんてカラオケは部分的に知らないトコは勝手なメロディでやりすごしてたでしょ。そんなんだから曲選びが早いだけすよ」
 一回やったらもうしばらくはどれもいーよと笑えば、牧さんはつられたように笑った。
「二人で一時間ってけっこうキツいもんだと知ったよ。サビ以外も知ってる歌なんて、そうないから。かといってお前みたいに適当に歌う器用さもないしさ」
「でも俺、カラオケっていいもんだなって思ったのはこないだが初めてすよ」
「ほんとかよ」
「二人きりになれる屋内空間ってなかなかないすから」
 最後、時間が中途半端に余った時に手を握られ頬にキスされたのを思い出したのか、牧さんは俺に向けていた顔を進行方向へ戻してしまった。
 それでも冬の終わりの寒々しい景色に視線を投げている横顔に不快感はないから、多分照れて返事に困っているだけだろう。最近やっと、彼のポーカーフェイスに潜ませた真意を読み間違えなくなってきた……つもりだ。
「そういや先月、正月二日目の部活初めのあとで新年会って名目でまたカラオケだったんすよ。クリスマスも部活の後に全員強制参加だったのに。うちの部、なにかっつーたらバカのひとつ覚えで飽きますよ流石に」
「ああ、そういえば言ってたな、そんなこと。お前は何歌ったんだ?」
「何歌ったんだったかなー……。俺としてはクリスマスか正月のどっちかくらい早帰りさせてくれってうんざりしてたことしか記憶にないすよ」
「人数がいると二時間でも一人一曲ですむから楽だしたまにならいいが、そんなにしょっちゅうだと困るな」
 どうでもいいことをポツポツと喋っては、ちょっと笑いあう。そんなことがしみじみと嬉しいのは、スマホの小さい画面ごしじゃないからだ。
 どんな娯楽も恋人の顔をゆっくり見れなけりゃ話もできない。俺は生のあんたが見たくて、声や吐息を直に感じとりたくてなんとか時間を作ってる。だからそこまで会えることに飢えなくなってからでいーんだ、そーいうのは。

「牧さん」
「ん?」
 まだ枯れ草が侘しさを感じさせる河川敷で俺は足を止めて問うてみた。
「俺、すげー楽しいす。こういうデートは牧さん的にはどう? 退屈?」
 時折冷たい風が曇り空の隙間から頼りなげな冬の日差しを覗かせる。
 淡い陽光は彼の明るい色味の髪や綺麗な瞳を柔らかく煌めかせ、寒さは褐色の肌に淡い朱を刷いて俺の目を楽しませる。誰もいない静けさは───
「……好きだよ」
 照れ屋なあんたの低く小さな囁きすらも鮮明に拾わせてくれる。俺も好きだよあんたも、あんたとこういう散歩みたいなデートをするのも。
 言葉ではなく瞳で応えれば、硬い指先がゆっくりと俺の頬に冷たい軌跡を描いて顎先で止まった。
 近づいてくる殊更美しい虹彩に魅入っていると、少し肉厚で柔らかな唇が俺の唇に数秒だけ接触した。
「冷えてる」
「牧さんもね。温めあいません?」
 視界がぼやける距離だから表情は伺えなかった。でもすぐに瞼を伏せ合ったからどうでもよかった。

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 唇や心は温まったけど、もっと先も欲しくなっちまうな……と考えだしたところで身を引かれてしまった。
「……もう寒くないだろ」
「うん、まあ。牧さんは?」
「俺は暑いくらいだ」
 深い吐息は透けた白さで己の熱を俺に報せて、すぐに消える。
「だから……溶ける前に食べようか。どこか座れるところはないかな」
 こういう関係になれてから初めてむかえたバレンタインは、チョコレートが欲しいと強請ることは疎か、会えもせずとうに過ぎていたけれど。
 会えた時から彼のコートのポケットからちらちらとのぞいては俺を落ち着かなくさせている、焦げ茶色の光沢があるリボンの先端。
「あっち! あっちにベンチがありますから!」
 仙道は牧の手を強く掴むなり喜色満面で駆け出した。











* end *









自分がチョコをもらう側なのかあげる側なのか迷っていた牧。
結局、迷いに迷って一緒に食べようと結論づけたのでした。
見かけは大人っぽいけど中身はしっかりDKっていいですよね。
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