私と沙代は腐女子友達だ。それはもう小学校を卒業する頃からなので年季が入っている。
今日は冬コミに出す合同誌についての打ち合わせを名目に、ちょっと張り込んで有名ホテルに来ている。目的のケーキバイキングは完全予約制で、遅くとも三週間前の予約が必要な大人気店だ。お客も完全入れ替え制で、お値段もけっこういいし予約も必要。それらを差し引いてもなお、この人気。だからだろう、まれにだけど男の人のおひとりさまや、男性グループも来ることもある。どうやら今日の珍しい男子はこの二名のようだ。
「すげー美味いんだよ。半端なく。ここまできておいて往生際が悪いですよ。あと十分で予約の時間になるから、ね?」
「お前が詳しく説明しないで連れてきたんじゃないか。待ち時間がどうとかじゃない。こんな女子だらけのとこに…………また来た」
「そりゃ人気店だから客はどんどん来るって。こんだけ人がくるくらい美味いんだってば。牧さんも食いたいと思うでしょ」
私達と同年代らしき男性二人組み。髪を逆立てた、ちょっと見ないほどの高身長かつ甘く整った顔の美青年が、これまた高身長で日に焼けた少し渋目の美青年─── 多分、このマキさんと呼ばれている方が帰りたがるのを必死になだめ、帰らせまいと留めている。
本人達は隅っこの壁際でなるべく目立たないように立っているつもりなんだろうけど、高身長でどちらもタイプ違いの色男二人組。周囲のほとんどが女子か男女のカップルのみの中で注目を浴びないわけがない。
彼らの少し斜め前の柱に早くから立ち開場時間まで待っていた私と紗代は先ほどから耳ダンボだ。
どうやらマキくんはケーキバイキングに連れて行くと教えられずに連れてこられたようで、先ほどから帰りたがって仕方がないご様子。でも私達としてはこんな素晴らしい逸材二人組みというオイシイ組み合わせに去られるのは残念過ぎる。
心の中で必死に、髪を逆立てた彼を応援する。 引き止めろー! なんとしても一緒に入店するんだっ! 入ってしまえば入れ替え制だから逃げられる心配はないんだからっ。
隣の沙代と目があった。黙って頷かれて、彼女も全く同じ思考中であることを確信しながら、二人の会話に耳を集中させる。
「ホテルのケーキなら、ホテル内にある売店でも買えるだろ。わざわざこんな女子だらけのキラッキラなところで、肩身の狭い思いしながら食わなくたっていいじゃないか」
「そうだけど……」
ごもっともなマキくんの発言に私達は大いに焦った。確かに一階にある売店には、種類は格段に少ないながらも売ってはいる。
どうしようどうしよう。このまま売店お買い上げご帰宅コースになったら……。焦っているとカバンをぐいっと引っ張られた。見れば沙代が下唇を噛んで私のバッグをギリギリと引っ張っている。あんたも焦ってんのね、わかるわ! 頑張れ逆毛くん! でも沙代、あんた力入れて引っ張りすぎ。痛いから!
「けど、こないだ見た時はすげー高いホールケーキとカットの三種類くらいしかなかったよ。普通サイズだからかしんねーけど、すっげー高いし。ここでなら2,000円で60分、かなりな種類のケーキと焼きたてパンやピザも食べ放題でお得なんだよ」
「お前、詳し過ぎないか? 部活の奴らと来たことでもあるのか?」
「ないない、あいつらが2,000円も出してケーキ食うわけないじゃん。行くなら1,980円の焼肉食い放題すよ」
「…………じゃあ……女性と」
もしもしマキくん? なんでそこで逆毛君から目をそらすのかしら? そこは女とかよ〜って冷やかすものじゃない? 逆毛君が女と来たのが羨ましいの??
あまりにもマキくんの発言と態度が可愛すぎて、腐女子の私にはやきもち焼いてるように見えるんですけど〜と、じたばたしたい気持ちは沙代も同じならしく。一瞬こちらへよこした目が少し血走っていた。きっと私も同じような目をしてるのね……。
「んなわきゃねーでしょ。俺があんた以外の誰と来んのさ」
「……一人で来るとこじゃないだろが」
「先月の俺はね、誰かさんにドタキャンされて仕方なく、一人で来たんですよ」
「えっ!? あの後お前、そのまま帰らなかったのか? 一人でって、まさか……」
「そのまさかっすよ。近くまで来てたから、それならキャンセルついでに次の予約入れて帰ろうと思ってさ。そしたらお店の人がお一人でも食べていかれる方は沢山いますよとか、せっかく予約が取れてここまでいらしたのにってさぁ。あんまり親切に引き留めるし、喉も渇いてたから入ったんだ。ええ、“おひとりさま”でですよ、こんな女性だらけのキラッキラなとこで」
「仙道………」
こんなにすごいイケメンがここで一人で? 先月も予約すればよかった〜! と悔やんでいたら沙代が肘鉄を私に食らわしてきた。痛い。わかってる、わかってますよ。重要なのはセンドウくん(やっと名前がわかった)がマキくんをここに、どーしても誘いたかったってとこ。そして彼らは途中ドタキャンはあったようだけど、先月も二人でおデートしてたってことでしょおとも!
私も無言で沙代の足を踏むことで伝える。沙代は少し痛そうな顔を一瞬みせたものの、すぐに深く頷いてきた。
「あーあ。本当は言いたくなかったんだよね。流石の俺もこんなとこでおひとりさまは恥ずかしかったし。それにあんた、俺が一人で下見してたって知っちまったら気ぃ遣って、どんなに口に合わなくてもモリモリ食って喜んでくれるだろうからさぁ」
「……美味かったんだろ?」
「え。あぁ、俺でもケーキ三個食えたほどね。コーヒーもパンもピザも美味くてさ、それだけでも十分満足でしたね。難点といえばサイズが小さいくらいで。こーんなミニピザなの」
「ケーキバイキングで普通サイズのピザやパンを出したら商売にならんだろ」
くすくすと笑うマキくんがやたら格好良くてどうしよう〜と思ったら、センドウくんもまさに私と同じこと考えてますって顔で愛しそうに見てる! マキくんをとろけるような顔で見てるよおおお! なにこれなにこれ、もしかしてこのセンドウくんってマキくんのことマジラブだったりするのかしら!?
ちょっと、痛いよ沙代。わかってる、わかってるってもうめちゃめちゃオイシイって〜!!
「舌の肥えてるお前が美味いと感じたケーキを、バカ舌の俺が不味いと思うわけがないだろ」
「牧さんはバカ舌なんかじゃないよ。ケーキとか甘いもんに関しては美味いのハードルが低いだけで」
「楽しみになった」
「マジ? 無理して言ってない?」
「あぁ。それにお前一人で入った店に、二人で入れる俺が逃げ出せるかよ」
「良かった。大丈夫だよ、入ったら俺がじゃんじゃん運ぶから」
「サンキュ。今回ばかりはお前の給仕に期待する」
うわぁん、二人して見詰め合ってから微笑み合ってるよぉ! ちょ、この冬の本はこれをそのままネタで使えちゃうんじゃない? もうこの二人をカップル認定しない理由が見当たらない〜。きっと沙代もそう思ってるわ。
問題はどっちが受けかってことよね。身長からいったらセンドウくんが攻めだけど、年齢からいったらマキくんが攻めよねぇ。でも年下攻めもいいなー。でもでも少しがっしりしてる日焼け男子は攻めがお約束よね。攻めタイプのイケメン二人だから迷う〜。
うーんうーんと内心で唸りつつチラチラと二人を盗み見ていたら、お店の重厚なガラス扉が開かれて店員さんが入場をつげてきた。
沙代は私の腕をがっちりつかむと、「……争奪戦だよきっと。頑張ろうね」と私だけ聞こえる音量で呟いた。うん、わかってる。このイケメン二人組みのそばの席は絶対皆狙ってる。死ぬ気でキープするわっ!!
一歩中に足を踏み入れると陽光に煌く緑と噴水が目に飛び込んでくる。正面片側一面全部がガラスになっているため、美しい中庭が見えるのだ。その斜め横から数列にわたってホテルメイドの少し小ぶりながらも本格的な、可愛くも美味しそうなお菓子達が銀の食器に敷かれたレースペーパーの上にずらりと並んでいる。真っ白いテーブルクロスと眩しく光る銀器と色とりどりのお菓子たち。それらをさらに輝かせるのが天井から下がるゴージャスなシャンデリア。
これでテンションが上がらない女子がいるだろうか。隣を歩くカップルの彼氏らしき人まで「うわーすっごいね、キラッキラ。へえ〜、種類かなりあるんだ」と、上がっている。そうでしょうとも、と関係ないのに私まで得意げな気持ちになってしまう。
いつもなら真っ先に女子でうまっていく中庭沿いの席だけど、今日はゆっくりと。気持ちカップル多目でうまった。
どうやら皆考えることは同じで、本当に争奪戦になった。彼らが行く数歩後ろを大勢の女子がぞろぞろついていく。押しの強い綺麗なおねえちゃんズにどんどん押しやられて、私と沙代はあっけなく列の後方に押しやられてしまった。
彼らはなるべく目立たない席につきたいようで、足早に一番遠い壁際の角の二人席へ向かった。その瞬間、女子集団から数人が隣のテーブル席に座ろうと飛び出した。しかしそのたったひとつの隣の四人席は、横からひょいとでてきたド派手な大阪のおばちゃん風の三人組がどすんと座ってしまった。女子集団から声なき落胆がぶわっと吹き上がった気がした。
最初から勝ち目がなかった私達は後方だったため、遠目ながらも彼らが見える位置をキープできた。声は全く聞こえない距離だけど、二人の横顔が見えるだけで上等だろう。
大勢の女子の恨みをかっているとも知らない派手おばちゃんズは声が大きい。
「いや〜もう待ちくたびれちゃったわねえ! さー、もりもり食べるから運んでちょうだい」
「いやだわー自分の分は自分でとりなさいよ〜。ここはセルフサービスなんだからあ」
「あ、でもコーヒーはウエイトレスさんに頼むのよね? そうよね、背ぇの高いお兄ちゃん」
あろうことかおばちゃんの一匹が隣を通りがかったセンドウくんを呼び止めて聞いている。
「そうですね。でも他の冷たいドリンクとかはあっちにありますよ」
「あらそうなの〜。ありがとね。あらあら、随分カッコイイねぇお兄ちゃん。おやこっちのお兄ちゃんも」
後ろをぐりんと振り向いたもう一人のおばさんが大声で褒める。
マキくんは一瞬驚いた顔をしたけれど、センドウくんと苦笑いをかわすと軽く曖昧な会釈をした。くそババアどもには腹が立つけど、でもまた仲良しな雰囲気を見れたので我慢しちゃう。
それからは本当に、驚くほどせっせとセンドウくんはケーキや飲み物を牧くんに足繁く運んでいた。もちろん自分の分も運んでいるので、私達の横を通る機会も多く、なかなかお得な気分。沙代も私も目だけは二人に集中しつつケーキを堪能できた。
驚いたのはマキくんの食べっぷりだ。どのケーキも一般的なカットケーキの半分サイズだけど、それでも安いバイキングのケーキと違って一個一個が本格的で食べ応えがあるのに。なんと彼は一口で食べてしまうのだ。
まさに男子!って感じで可愛いくて私も沙代もメロメロにときめいてしまった。そしてきっと、センドウくんもそう思ってるんだよ〜。だって牧くんが食べる時に必ず見てる。たまに牧くんがなにか文句めいたことを言ってるようで、その時は苦笑いをして俯いたり横を向くんだけど。ほらまた、盗み見てる〜!
「……ね、見た? 絶対センドウくんはマキくんのこと大好きよね。決定だよね」
「うんうん。けどマキくんだって、ほら今! 何か言ったんだよセンドウくんを喜ばせるようなことを。センドウくん照れてるもん〜」
「つくす男に褒め上手な男の組み合わせかぁ。幸せらぶらぶでまいっちゃうね永遠にやっててほしいよね!」
「ほんとほんと! あっ、マキくんが取りにいくみたいだよっ」
緊張してるのか恥ずかしいのか、牧くんの歩調は早い。すたすたと長い足を動かし料理のあるテーブルへとわき目も振らずに一目散、って感じ。
「……私達もいくわよっ。怪しまれないようにゆっくり選ぼう」
まだお皿にケーキがあるのに沙代が席を立つ。私も慌てて沙代を。いや、マキくんを? とにかく二人を追うべく立ち上がった。
隣に立って改めてわかったけど、マキくんすっごく背ぇ高い! 何センチあるんだろ?? 隣で顔を見ようとするとかなり見上げないといけなくて、それだと怪しまれちゃう……。欲張らないで沙代みたいに少し離れたよく見える場所にいけばよかった。
マキくんがチョコケーキを一個お皿にのせる。真似して私も一個自分のお皿にのせる。次はダブルチョコパイいってる。これ、濃いんだよね〜どうしようかなー。
あっ、もうマキくん移動しちゃった、迷いないなぁ…。ん? ニューヨークチーズケーキなら私も食べちゃうぞー。
あっあっ、ちょっと待って、もうパンコーナー? 早いよ移動が。あーもーおばさん割り込まないでよ離れちゃったじゃん。
マキ君の隣にずいずいと並んだおばさんが大きな声をあげる。
「あらぁイケメン君。あらあらあら〜チョコが好きなの? ここのはチョコ味も美味しいわよねぇ。あっちで焼きたてチョコクレープもらってきなさいよ。美味しいわよ」
「……誰もいませんが」
「やあねぇシェフったらどこいったのかしら。シェフが注文したらその場で焼いてくれるのよぉ。どーれ、一緒にいってあげるわよ、おいでイケメン君」
こんのババア〜。マキくん困ってるじゃん。クレープ食べたいと思ってないかもじゃん。つか、シェフじゃなくてパティシエだから!
「あ、ありがとうございます。……あの、俺は牧といいます、その呼び方はやめて下さい」
おばさんが大きな声でイケメン君イケメン君と喋りかけるのが恥ずかしかったね……可哀想。赤くなってる。でも恥ずかしがってるマキくんが離れているせいでよく見える! 渋味のある男が照れるとこんなに可愛いんだー! 目覚めちゃうよ〜!!
「そうよねぇ、一緒に来てる男の子もイケメン君だもん、同じに呼ばれちゃ区別つかないかぁ。ごめんね〜。あ、シェフー! マキくんにチョコクレープ一個くださーい! 私にはキャラメルクレープ〜!」
パティシエが早歩きで会釈をしながらブースに入った。おばさんの大声で周囲の視線が集中し、マキくんは耳まで赤くして俯いてしまった。可哀想……でもすっごく可愛い、でもやっぱり可哀想……このババア黙らせるにはどうしたらいいのかしら。ううう〜。
私が少し離れた場所で皿を片手に突っ立っていたら、横をスッとセンドウくんが通り過ぎて行った。
「実演ブースだったんだ、ここ。前来たときも気付かなかったなぁ」
「あらイケメン君。あなたのお名前はなんていうの? あ、私は友恵っていうの。ともちゃんって呼んでね〜なんてね!」
「俺は仙道といいます。わー、クレープ熱々だ。牧さん、戻ってあったかいうちに食べてたらいいよ」
「お前は?」
「今並んだら割り込みになるから、もう少し空いてからにします。それにミニクロワッサンが焼きあがったらしいし。牧さんも食べる?」
「うん」
「牛乳? 紅茶? 100%のジュースも三種類くらいありましたよ」
「牛乳。悪いな」
「いえ全然。トモエさんの分も飲み物とってきましょうか?」
「あらあらご丁寧に、でも遠慮するわ〜。さっき紅茶入れたばっかりなのよぉ。そうそう、あっちにほら女のシェフが来たでしょ。そろそろ彼女がジェラートを出してくれるわよ」
「え。牧さん、食うよね?」
「俺は……」
「あはは。ついでだから、んな困った顔しないで。んじゃね。トモエさん、教えて下さってありがとうございました」
は〜い、と手をふるおばさんを置いてセンドウくんは長い足ですたすたとジェラートコーナーへ行ってしまった。センドウくんと入れ替わるように牧くんはパンブースに少しだけ寄ってから自分達の席へ。
ジェラート狙いなのかセンドウくん狙いなのか知らないけれど、座っていた女子がわらわらとやってきて並びだした。
気付けばいつの間にかクレープの列が進んで自分の番がきていたので、なんとなくマロンクリームクレープをもらって席へ戻った。
「ちょっとちょっと、あんた良い位置キープしてたじゃん」
「えー。紗代の方がいいって。私なんて焦るばっかりだった気がするし〜」
「そう? あ、センドウくん戻ってきた。……ちょ、ジェラート全部マキくんにあげてるよぉ」
「マキくんのためだったんだね。すっごいつくすくんだぁ! ……あ、でもほら、マキくんも」
「ホントだ〜。チョコ系以外は全部センドウくんの選んでたんだ。うっわ、凄いらぶらぶっぷり!」
「二人とも幸せそう……。紗代〜、私、幸せオーラにあてられて自分まですんごい幸せなんだけど!」
「当たり前じゃん、私もだよお! いい時に来たねぇ私達。日頃の行いがいいのかも?」
「それか、幸せ前借り? どっちでもいいよー、あーん、もっと近くで会話聞けたらな〜」
その後も彼等は会話は少なそうなものの、私達の軽く三倍は食べていた。
眼福と美味しいケーキで心もお腹も満たされたのは私達だけではないようで、バイキングタイム終了のアナウンスと音楽に満足感たっぷりの溜息があちこちからあがった。
席を立つとまだ彼等を狙っている女子達が二人の後を追う。私達の中ではもう二人はデキていると確定しているのでお邪魔はしない。しかし彼女達は腐女子的思考がないから、どれだけ二人が仲良しであっても分からないんだろうな……もうっ、邪魔すんじゃないよって言えたらいいのにーっ。
「腹も一杯になったし。遅れないように急ぎましょーか」
「……おう」
「その前にトイレいっすか」
「ああ。俺もいく」
けっこう大きな声のセンドウくんの一言で、この後に急ぎの用事があるというのが周囲に知れ渡る。
露骨に残念そうな顔をする者、スマホをしまう者、まだ諦めきれないのか顔を見合わせて思案する者。そんな彼女達を残して彼等は男子トイレに入っていった。流石にそこまで追える強者はなく。次の入れ替え客もいて狭くなった通路に長居もできず、とうとう彼等を待つ者はいなくなった。
私達は映画の予定時刻まで間があるため、クラシックなエレベーターに乗って三つ上の階の、ロビーが見下ろせる吹き抜け横のベンチへ移動した。
「もう色々な意味で幸せ過ぎた……」
「私も……。これが家なら踊り狂ってるんだけどな〜…」
幸せの余韻に浸っていた私達は目の前を通り過ぎた二人を見て思わずベンチから同時に立ち上がった。
何故かセンドウくんとマキくんがのんびりと私達の前を横切って、この階の男子トイレに入っていったからだ。
「何、何なの? さっき二人で下のトイレ入ってったのに、なんで三階上のトイレに??」
「わかった! 多分、トイレに入ったふりして、実は入らないで裏の階段上ってきたんだよ。ほら、あの階のトイレって裏手からも入れるじゃん。私達も入ろうよ、行こっ!」
「え、行くって。ちょっと?」
紗代の後を追っかけて私も女子トイレに入った。誰もいない静かなフロアの静かなトイレは、壁で隔てた隣室で誰か喋っているようなくぐもった音が聞こえてくる。壁に耳をぴったりつければ隣の話し声も容易に聞き取れそうだった。壁紙がとても綺麗だったこともあって、ノリで耳をつけてみた。
「……聞こえるね」
「うん」
二人の声がけっこうはっきり聞こえることに興奮した私達は、罪悪感も消し飛んでしまっていた。
「お前は狡賢いよな〜。よく頭まわるもんだ」
「機転がきくって言って下さいよ。何すか俺ばっか悪者にして」
「違うって、感心してんだよ。俺なんてまだ緊張してたから、すぐには気付けなかった。ありがとな」
「また〜。すぐそうやって……。あんたこそ狡いっての」
「あー。こんなに甘いもので腹が膨れたのは初めてかもしれないなー」
「最初、マジで帰っちゃうかと思って焦りましたよ」
「落ち着かない中で食いたくねーもん。しかも俺ばっかり食うのわかりきってんのに」
「俺もけっこう食ったでしょ? いいじゃん、俺達はスイーツ男子ってことで」
「お前はチーズケーキ・塩キャラメルパイ・アップルパイしかケーキは食ってないだろ、他はパンとピザばっかでさ。普段だって甘いものなんてほとんど食わないくせに」
「いえいえ、食う時はここぞとばかりがっつり食ってますって。とびきり甘いやつを」
「見たことないぞ?」
「まぁねぇ、自分のことは見えないもんね。いつも俺言ってんじゃん、あんたは俺のキャラメルでミルクチョコなんだって。ああでもあんた、俺の囁きなんて聞いちゃいねぇか。そん時ゃいつもとろっとろになってるもんねぇ」
「バッ…バカ野郎がっ!! おい、ちょ……んんんっ、やめ、…………離せバカ! 殺すぞ!」
「俺も今夜はとびきり甘いスイーツで膨れて弾けて、キャラメルに練乳、あだあ!!」
「色々食えて、何度も運んでもくれてちょっと感謝した俺がバカだったぜ。お前なんて知るか!」
「ま……まって…………イタタタ。ううう、ヤベ、逆流……うぷ」
「誰が待つか。今夜は便器抱いて寝やがれ」
荒々しい足音に慌てて私達は壁から離れた。男子トイレの入り口扉が開閉する音が続く。多分マキくんが去っていてしまったのだ。沙代と目が合う。
「な……なんか、どっちがどっちかわかっちゃったね。けど、どうする? マキくんの後を追っかける?」
「いーよもう……どうせゲロし終わったセンドウくんが追っかけるだろうし」
「うん、そうだね。私達も流石にこれ以上ストーカーになっちゃね。……? 沙代、泣いてんの?」
「泣ける〜泣けるわよもう。なんだよー! あんなにかいがいしく世話をやいてたセンドウくんが受けじゃないってどういうことなの? 見た目からして亭主関白っぽい、10コくらい年上のマキくんが受けだなんて〜! うわーん、腹立つ〜、ここまで追っかけたのにネタに使えないじゃないっ」
「えー? 年下攻めもガチムチ……まぁ、マキくんはムチムチしてないけど、オイシイじゃん」
「やだもう、あんたの守備範囲広過ぎ! あーあ……あんなにカッコイイ爽やかなイケメンが痛いオヤジギャグかますなんて〜」
「それはあるね。うん。キャラメルミルクチョコまでは許すけど、それを食べちゃう自分をスイーツ男子とか、練乳かけちゃうとか言っちゃあねぇ。残念だわー」
「言ってない! かけちゃうまでは言ってないからっ」
「マキくんが暴力で止めてなかったら意気揚々として続けてたよ〜。ウキウキした声音だったもん」
「うわあああん、わかってるけど認めたくないんだってば! あんたちょっと黙ってて! 傷心の乙女をそっとしておいて!」
女子トイレで落ち込みつつも彼らの行く末を妄想して、やっぱり楽しそうな紗代。同じく妄想が膨らんでムフフと幸せに浸る私の結論は。
「やっぱり現実はBL漫画のようにはいかないか〜。……でも、そこがまた面白くてオイシイよね」
美味しいケーキもいいけどオイシイ妄想ネタもたまらない。現実を何倍も楽しめる腐女子な私達ってお得よね〜と笑い合った。
*end*
< オマケ >
牧 |
「……周りの視線が痛い。これだからイケメンのお前と出歩くのは嫌なんだ」 |
仙 |
「気のせい気のせい。さ、どんどん食って下さいよ。どんどん運ぶから」 |
牧 |
「親鳥みたいだな」 |
仙 |
「じゃああんたは雛鳥か〜。いいねぇ、可愛くてピッタリだ♪」 |
牧 |
「ふざけんな、この腐れ目玉め。……次はもう一回、チョコモンブランも頼むかな」 |
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