「ねー。こん中にあんたから俺へのチョコ入ってんでしょ?」
仙道はコートを脱ぎ捨てるなり自分の部屋のように横になった。そのまま長い腕を伸ばし、牧が床へ置いたスポーツバッグを手繰り寄せて尋ねてきた。
「入ってるわけねーだろ」
制服の上着をハンガーにかけながら牧はぞんざいに答えた。
「開けていい?」
バッグに上半身を預けるように俯せて少し首を傾げて見上げてくる仕草は、どこか可愛らしさを含んでいるように映る。
いつもは見上げる位置にある飄々とした顔が、足元近くにあるせいで表情豊かに感じるせいかもしれない。
計算していての行動かは知らないが、仙道は甘えたい気分の時にこういう仕草をする。わかっていながら、牧はこれに弱かった。
先ほどまでは平日の夜に約束もなしに突然やってきたことに少し苛ついていた。
知らぬこととはいえ玄関前で待たせているのが可哀想だし、来ると知っていれば早く帰ろうとこちらも努力出来る。……それに、どうせなら少しでも長く一緒にと思うのは俺だけか?
来るときは連絡を寄こせと何度言ってもきかない恋人に今夜こそ叩き込んでと思っていたというのに。また性懲りもなく流されてどうでもよくなる。

「……いいが、臭いぞ。昨日持ち帰り忘れたタオル二枚突っ込んであるから」
今日使ったタオルも加えると四枚。自分でもバッグを開けるのを少し躊躇うのだから、仙道が眉根を寄せて口元を尖らせるのも無理からぬことだ。
「…………愛が足りない」
ぼそりと不満たらたらに呟いた仙道は己の袖口を噛んで引っ張った。
「こら。袖を噛むんじゃない」
犬かお前はと笑えば、仙道はいじけた犬のように袖口をくわえたまま、瞬きもせず不満を真っ黒い瞳にのせて雄弁に伝えてくる。


こんなちょとした振る舞いすら可愛いと思ってしまうとは。
自分ばかりが会うたび好きになっていくようで悔しくもあるのに、口元にはやはり笑みしか浮かばない。
来るときは連絡を寄こすよう今度こそ教え込ませた後で褒美的に渡すつもりだったが、牧はコートのポケットの中から取り出したチョコを仙道へ放り投げた。
「臭いバッグに入れない程度には愛はあるつもりだが?」
頬が赤くならぬよう、憎まれ口を叩きながらネクタイを外して机の上に置いた。
「板チョコか〜ショボイなぁ」
そう言いながらも嬉しそうに目を細めて早速ペリペリと紙をはがして仙道はパクついた。

確かこいつの一番好きなチョコは明治のビターチョコ。それも板チョコだと知ったのは去年のバレンタインの後だ。
山ほど部屋の隅に放置してる高級チョコや手作りチョコ菓子に全く手も付けないどころか、欲しいのがあったら持って帰れと言うのが不思議で、何故食わないのか尋ねたのだ。
薄さと口どけと苦みと甘味のバランス。全部が仙道の中ではこれが丁度いいらしく、『他のはいらねーかなって。もともと甘いもんあんま食わねーし』と言っていた。
バレンタインにこんな普通の板チョコを渡してくる女子等いない。つまりは……こうして食うのは、俺からのだけということで。
─── 悪くない。買いやすいことだし、毎年くれてやってもいい。
辛党のわりには美味そうに食う顔を眺めているうちに、ふと違うことを思い出した。
「おい、お前からのはどうした」
二週間ほど前の電話だった。こいつは『今年こそはチョコ下さいよ』とほざいたのだ。
同性同士でバレンタインなんぞ。百歩譲っても俺がもらうならまだしものところを、だ。もちろん俺は、このイベントはお前が用意する立場だろ等と反論をした。
けれど多分聞いちゃいないだろうとはわかっていたので、こうして明日に備えて用意はしていたのだ。
「え。やっぱ欲しかったりするんだ」
意外そうな顔をされて複雑な気持ちになる。
昔からくだらない、菓子会社が作ったイベントと思ってはいるし、欲しいと思ったことはないけれど。
「お前が欲しがるから俺は……。まさかお前」
欲しがるということは、俺にも当然よこすものだろうと。ただの板チョコとはいえ初めて用意したせいだろうか、勝手にそう思い込んでいた。
たかがチョコひとつ貰えないだけで落胆する部活の仲間やクラスメイトの顔がよぎった。

「あはは、だいじょーぶ。俺も用意してきましたって」
明るい仙道の笑い声に、もしや俺もあいつらと同じような暗い顔をしてしまっていたのではと気付いて恥ずかしくなった。
「なら、さっさとよこせ」
ふて腐れた口調になることすら情けないが開き直って言い放つと、仙道は起き上がって座りなおして、また先ほどと同じ仕草をしてみせた。
「どこにあるか探してみてよ」

一度家に帰ったのだろう。着替えて手ぶらで来たように見える仙道が何かを隠せそうな場所など特にない。
牧は自分と同じ場所だろうと目星をつけ、投げ捨てられている仙道のコートへ向かおうとした。
その背中に仙道の悪戯っぽい声音が触れる。
「んなとこにねーっすよ」
音もなくベッドへ座りなおした仙道がにっこりと。含みのある笑みを向けている。
向き合い、改めて仙道を観察しても何も持っているようには見えない。

仙道が牧を招くようにすっと手を伸ばした。
─── 欲しいんなら探ってよ。もっと真剣になって。
音もなく伝えてくる仙道の唇はいつもよりわずかに湿っていて、ほのかに赤い。
ゆるめたシャツの襟もとへ仙道の少し冷たい指が滑り込んでくる。
「………仕方ない、じっくり探すとするか」
項に込めてきた指のゆるい力に促されるがままに、牧は仙道へゆっくりと体を重ねた。








*end *





意識して付き合いだしてから二年目のバレンタインデー。シチュは牧の部屋。
今回は牧仙を意識しました。受け仙道風味を出すべく下睫毛も増量(笑)
これは受け仙道ラブのNさんへ日頃の感謝を込めて描(書)きましたv

今回は辛党の仙道にしてみたけど、受けだと甘党の方が似合うのかな?
牧のスポーツバッグには仙道の推察通り、もらったチョコが所狭しと入ってます。
もちろん臭いタオルと一緒に。けっこう大雑把な牧もいいですよね♪

ちなみに仙道が牧へのチョコをどこへ隠したかとといいますと。
インナーの胸ポケットです。昔ながらの不二家のピーナツ入りハートチョコ。
仙道が何故これを選んだか等も考えたのだけど、そこに辿り着くまで
エロいっぱい書かなきゃいけなくなるので割愛(笑)
皆さん続きは色々お好きに妄想して下さいませ〜(^-^)

床はこちらからお借りしました。







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