昨日、部室で宮城先輩が雑誌を広げているのを奴は真剣に覗き込んでいた。
『まだ読み終わってねーからめくるな』と勝手なことを言う奴は先輩に
『花道、まさかデートに誘いたい女とかできたんじゃねーだろうな?』と
ツッコミをくらって盛大に否定していた。まさに赤毛猿だった。
部活が終わって帰ろうとチャリ置き場に行こうとしたら背後から人が走ってくる足音が聞こえた。
音で奴だとすぐ気付いた俺は当然振り返らずハンドルを握った。
ちょっとでも“奴が追っかけてきて嬉しい”なんて思ったことを悟らせないために。
振り返らない俺の背後で奴は足を止め、唐突に言った。
『明日、2時に○○○公園に来い。てっ……テメーを観覧車にのせてやる。
どうせのったことねーだろうからな。俺様が連れてってやる』
驚いてつい振り向いてしまったが、奴は自分の靴を睨むみてーに下を向いていた。
顔や耳と髪に色の区切りがないようなツラのまま俺の返事も待たずに
いきなり踵を返して走り去っていった。
午前中で部活が終わる日曜の今日。俺は家までチャリをぶっとばした。
なのにこういう日に限って母親がくだんねー用事を頼んできやがるから。
姉が俺の服装に『なに変な格好してんのよ。それならこっちのベストの方がマシよ』
なんて言ってきやがって、つい中のシャツも気になってまた着替えてしまったから。
急いだのに。急いでんのに。信号は5回も赤で。
まだ、いるかな。いなかったら絶対月曜ボコってやる。
まだ、いるよな。いなかったら俺はこのまま家に引き返すしかねーんだぞ。
まだ、いてくれ。三発までなら殴ってきても殴り返さないでいてやるから。
乗りたくもない観覧車が頭の中で回る。
なんだってこんな広い公園が待ち合わせ場所なんだ。
落ちてくる枯葉が奴の姿を隠してるみてーだ。
自転車を止めた時、右の太い木の上から、声。
「遅っせーぞ!!流川!!」
「……隠れてやがったな、サル」
なんでそんなとこにいるんだとか、もっと文句を言いたかったのに。
傾きかけてる日差しが苦笑いしてる奴をあまりに明るく照らしているから。
顔がゆるんでしまうのを隠すのに必死な俺にこれ以上の悪態は無理だった。